多様なビジネスモデルが生まれつつある中国における電気自動車の充電インフラ事業

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中国のインフラの整備状況、特に電気自動車の充電インフラの整備に関して新しい流れが起こりつつあるので以下紹介したい。


普及が進まない電気自動車:
電気自動車の普及がなかなか進まない。電気自動車は排気ガスを直接排出しないことから環境負荷が少ないということで日本でも中国でもその普及が後押しされている。しかし一度の満充電での航続距離がガソリン車の半分程度であること、また移動の途中で充電するにしても、ガソリンスタンドの代わりとなる充電スタンドの数が不足していることから、電気自動車の普及は進んでいない。充電スタンドの数を増加させれば、航続距離の短さをカバーすることができるのだが、充電事業の事業採算性が低いことから充電スタンドの数が不足したままとなっており、抜本的な解決が必要とされている。


充電事業は採算が悪い:
充電事業の事業採算性は一般的に言って悪い。事業者が自ら充電スタンドを設置して充電サービスを提供し、充電料金(※1)を顧客から徴収するビジネスモデルでは、様々な試算をしてみても採算をとるのは難しい。これはひとえに、事業を行う上で扱うものが安いこと(※2)と顧客の回転が悪いこと(※3)に起因している。


日本での国による支援策:
日本では充電スタンドの設置者に対して、一定の条件を満たせば、国が設備費と設置工事費の合計に対して三分の二までの補助金を支給している。さらに残りの三分の一についても、一定の条件を満たせば補助金と同じではないものの、一定の支援が受けられるシステム(※4)が構築されており、設置者は事実上自己負担なしで充電設備を建設することができる(※5)。日本ではこのようなシステムにより、充電設備の設置者負担を軽減させることを通じて充電設備の設置が促進されるような政策が取られている。


中国の支援策:
中国の状況を日本と比較してみると、充電インフラの整備促進に関して様々な検討がなされてはいるもの、日本のように国からの充電設備の設置者への直接的な支援策はまだ実施されてはいない。


最近公布されたガイドライン:
2015年10月9日に中国国家発展改革委員会、国家能源局、工業信息部、住宅城郷建設部の4部署の連名で「電気自動車充電インフラ発展指南(2015-2020年)」が出された(※6)これは当面の中国の電気自動車関連の政策における充電インフラの整備に関する国のガイドラインである。このガイドラインには目標とともにその達成のための重点タスクも併記されており、その一つとして、「持続可能なビジネスモデルの模索」が挙げられている。そしてその模索には、社会資本の積極的な導入と多様なビジネスモデルの創造に努めること、が挙げられており、民間企業の力を活用するという考えが明記されている。


多様なビジネスモデルの創造:
これに関して以下の事例を紹介したい。自動車のディーラーが本業の民間企業A社は、周辺事業として電気自動車関連事業に進出することにし、グループ内に①充電設備の製造会社、②充電事業の運営会社、③電気自動車の販売会社、④充電設備の据付会社を立ち上げた。充電事業の運営会社では地元に数箇所の充電スタンドを設置しており、同社の充電スタンドではスマートフォンを利用して電気自動車への充電と料金決済が可能である(※7)またインターネットを通じて充電設備の稼動状況等のモニタリングも可能である。また同社はインターネット上に充電事業の管理プラットフォームを構築している。この管理プラットフォームの利用は無料であり且つ充電事業運営の事務管理作業を簡素化できることから、同社はこれを売り物にして充電事業の「事業運営者」を募っている。充電事業の運営では設備の設置場所となる事業用地の確保が重要であり、同社は立地条件の良い場所を提供できる地主に対して、「同社のプラットフォームを利用すれば事業経営でも手間がかからない」ことを謳い文句に充電事業経営への参画を呼びかけている。充電料金の設定は事業者に委ねており(※8)、自らは充電設備の販売収益を主たる収益源とする考えである。


もう一つの事例は電力設備装置の製造が本業であるB社である。同社は本業が電力設備装置の製造であることから電力業界には深い知見があり、自社で充電ステーションを建設運営するだけでなく、今後の電力業界における送配電分離や電力料金の自由化への大きな流れに鑑みて、電力を融通し合うネットワークを自社で構築し、このネットワークに充電ステーションだけではなく、それを利用する個々の電気自動車を接続させ、電池の蓄電システムを利用しながら昼間と夜間の電力の価格差を利用した裁定取引を行うことにより収益を上げることを狙っている。充電ステーションにおける電力制御について深い知見を有しているのが同社の強みである。


プラットフォーム戦略:
これらの2社が試みているビジネスモデルはプラットフォーム戦略と呼ばれる戦略に基づいている。プラットフォーム戦略とはプラットフォーマー(場の主宰者)が関係する企業やグループを場(プラットフォーム)に載せることで新たな価値を作り出す経営戦略である(※9)。これらの2社は、自社がプラットフォーマーになり、自社単独での事業展開を試みている。一つの事業だけでは事業採算がとれなくても、事業範囲を周辺事業へ拡大し、自社の強みを活かしながら、全体として事業採算の向上を狙うビジネスモデルの創造が試行錯誤されている。他社にとっては魅力がない事業環境でも、自社の強みを利用すれば制約条件の一部が取り去られることにより、自社にとって良好な事業環境に転換できることがある。これに加えて、インターネット、特にIoT(モノのインターネット)やビッグデータ活用といったものが絡んできている。


時期尚早でも果敢に挑戦:
これらの2社の考え方は、時期尚早と思われるビジネスモデルでも、先行投資と割り切って他社よりも早く足場固めを行うために行動に移すという考えである。先行投資負担に耐え切れる企業体力、本業とのシナジー効果の度合、が重要な要因となる。当面の事業採算性が低いからといって一概にナンセンスというわけではない。中国においてこれらの新しいビジネスモデルへの模索が動きだしている。良いビジネスモデルができあがり、電気自動車に係る充電インフラが充実することを期待したい。

(※1)一般的には電気の仕入れ原価にサービス料等を上乗せしたものを充電料金として徴収する。
(※2)充電事業の販売対象物は主として電気であるが、電気自動車を満充電にするのに必要な電気代は、ガソリン車を満タンにする場合のガソリン代に比べて安く、車一台を充電スタンドで充電する場合の期待売上がガソリンスタンドに比べて少ない。
(※3)充電時間が最低20分~30分必要であり、ガソリンスタンドでの給油時間が約2~3分であることに比べて10倍ほど長くなることから、客の回転率はガソリンスタンドに比べて悪い。
(※4)合同会社日本充電サービスは、一定の条件を満たした充電器の設置者に対して、充電設備及び工事費等の合計金額の三分の一(上限あり)に当たる金額を、8年間にわたる当該設備の使用権を購入する形をとることにより支給する。充電業務により顧客から徴収される充電料金収入は、設備設置者には渡らず、設備使用権を取得した日本充電サービスに渡る。なお、充電設備のランニングコストも日本充電サービスが負担する。
(※5)事業用地は設置者側が用意する必要がある。
(※6)これらの政策に関連する重要文書としては2012年6月の「省エネ新エネ自動車産業発展計画(2012-2020年)」、2014年7月の「新エネ自動車の普及実現の促進に関する指導意見」がある。
(※7)スマートフォンにアプリをダウンロードし、充電ポールのQRコードを読み取ることにより、従来の認証用カードや決済用カードを使わずに、充電の開始、終了、料金決済が可能になっている。また充電ポールには液晶画面やタッチパネルが不要となることから、維持管理費用の低減、故障の減少が可能となる。
(※8)地方政府による規定の範囲内で、という制限は存在する。
(※9)場の主宰者であるプラットフォーマーは、単独の場合もあれば、複数の民間事業者が団結して業界全体、マーケット全体で価値創造の実現を目指す場合もある。

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