本年も残すところ僅かとなった。2010年の中国で大きく話題を集めた上海万博へは、筆者は8度足を運んだ。その規模や来客数が「史上最大」である点が盛んに喧伝された万博であったが、筆者が特に強い印象を抱いたのは、家族が引く車椅子に乗せられ見物する老人の多さである。上海に在住して1年4ヶ月、上海の街は歩き尽くしたが、車椅子の老人を見かけたのはほんの数度しかない。日本であれば、車椅子使用者の乗降を駅員が手伝う姿は日常的な光景である。しかし、それは上海において望むべくもない。

上海の街中とは対照的に、万博の会場ゲートやパビリオンの一部では、身障者優先通路が設けられ、十分とは言えないものの、家族が車椅子の老人を見物に連れて行きやすい環境が整えられていた。老人たちの頬は久々の外気に触れたせいか少し赤らみ、万博という国家的行事を楽しむというよりは、子供や孫らとともに外出できた喜びを全身で味わっているように映った。

ところで、仮に日本人が中国ビジネスを始めることを検討する際、真っ先に思いを巡らすのは銀座や秋葉原で大量の買い物をする中国人旅行客の姿であろうか。中国では富裕層が確実に増えているのだから商機が山ほどある。俗な言い方をすれば、「彼らはカネを持っているのだから、中国で商売をすれば儲かるぞ」と考える。この発想はもちろん正しいのだが、中国におけるビジネスチャンスの一側面を捉えているに過ぎない。

日向が輝いていれば、その分日陰も濃い。経済成長と富の蓄積の裏側には、負の領域があり、それは確実に拡大している。具体的には、高齢社会の到来、家庭崩壊、大都市に住む者の孤独、メンタル面の重大な疾患、若者の無気力・無関心などの社会問題が挙げられる。

ティナ・シーリング氏の著作から引用すれば、問題が大きければ大きいほど、チャンスも大きい(※1)。日本は、上述の「負の領域」の問題に関して先進国であり、問題解決に向けての努力を進めている(もちろん、完全に問題解決に至っているわけではないが)。日本としては、かような中国の社会問題に対して様々な方策を示すことで、新たなビジネスチャンスが作り出せるのではないかと考える。例えば、高齢化社会対応ビジネスなどの商機があろう(※2)。いや、商機などという言い方は、いささか野暮かもしれない。筆者の好きな歌に次のような一節がある。

ちっぽけな 僕だから みんなそうだから
強いとこ それより 弱いとこ 結ぼう(※3)

「過去最大規模の万博」、「過去最高の万博入場者数」といった表現は「強いとこ」の示威である。富裕層向けビジネスも「強いとこ」を結ぶ動きだ。尖閣諸島の領有をめぐる問題も、「強いとこ」(=国家)の間のせめぎ合いである。

しかし、日本人も中国人も、大多数が「ちっぽけな」市民にすぎない。両国の市民とも、日々の生活があり、その生活を営む過程で、同じようなことで苦悩し、同じようなことで悲嘆することもあろう。それならば、日本から中国に対して、そうした生活上の諸問題解決のための処方箋をそっと差し出してみる、つまり「弱いとこ」を結ぼう、というマインドを持って、中国でのビジネスを考えてみてはいかがであろう。富裕層向けビジネスのような派手さはないにせよ、地味ながら永続性のある中国ビジネスが展開できる可能性がある。

上海万博の車椅子の老人を見ながら、以上のような思いを巡らした。万博会場を後にする際、上海の有名大学の学生ボランティアたちが一列になり、歌を唄いながら、来場者を見送っていた。将来、社会の中枢を担うであろう彼らは、過去最大規模の万博という「強いとこ」に心が躍ったであろうか。それとも、車椅子の老人のような「弱いとこ」に関心の目が向いたのであろうか。是非、後者であってほしいと願う。

来場者を見送る上海の学生ボランティア達
来場者を見送る上海の学生ボランティア達

(※1)参考文献:『20歳のときに知っておきたかったこと』 ティナ・シーリング著
(※2)中国の高齢化とシルバー産業に関しては、2010年11月12日付アジアンインサイト『中国の高齢化とシルバー産業の始動』を参照
(※3)BoA『Love and Honesty』の歌詞の一節より


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