中国とインド—その発展モデルを比較する(1)

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中国とインドは、近年いずれも高成長を続ける人口大国として、多くの専門家や政策当局者の注目を集めている。両国の人口を合わせると2009年で24億人を超え、世界人口の約4割に迫る勢いである。経済成長率も2010-2020年にかけ、おおむね中国が8-10%程度、インドが7-8%程度の成長を維持し、2030-2050年には、GDP規模でみて、中国がまず世界1位に、次いでインドが3位(その時は米国が2位)になるであろうという予測もあり、そうした潜在成長力も、両国が注目される要因となっている。しかし、異なる社会経済的諸条件、異なる政治システムのもとで、その発展のパタンは大きく異なってきている。その発展モデルを比較検討して、何が見えてくるか、いずれの発展モデルがより望ましいのか、長期的により持続可能と言えるのか?


両国のこれまでの発展モデルを、誤解を恐れず単純化して比較すると、インドの場合は、IT等のサービス部門を中心に、国内企業および企業家が国内資金を活用して成長する一方、海外からの資金(海外からの直接投資;FDI)流入は限定的であったと言える。こうして、Infosys, Wipro、Tata Group等、技術や知識集約の面で、世界的にも有名なブランドとなるいくつかのインド企業が出現することとなった。これとは対照的に、中国は、他の多くの東南アジア諸国の発展パタンに類似しており、輸出と投資、とくに製造業へのFDI、および公共部門による巨額の国内ハードインフラ整備に主導された成長戦略を採ってきたと言えよう。適当かどうかわからないが(後述)、この成長戦略の違いを、トップダウン(中国の場合)とボトムアップ(インドの場合)の違いと表現する専門家もいる。どちらがより望ましいモデルで持続可能かについては、専門家の間でも見解が分かれているようである。インドの方が、いわば有機的かつ内的な発展モデルであり、効率的でガバナンスの高い私企業によって資源のより効率的な利用が図られている(たとえばマクロ的に投資の経済成長への寄与、すなわち投資効率を見ると、インドの方が高い)という点で、より持続可能であるとする見解がある一方、1980年頃には、両国は一人当たり所得でほぼ同水準であったのに、現在は様々な指標をみると、インドは中国に遅れをとっている、インドも、中国同様に、巨額のFDIと国内投資を製造業に誘引していかなければ、いつまで経っても中国に追いつけないとする主張もある。


いずれの発展モデルが優れているのか、結論から言うと、一概には評価するのはなかなか難しい。まず投資効率についてみるとどうか?中国では巨額の国内貯蓄があり、海外からのFDIと合わせて、これをインフラ投資に振り向けてきたため、必ずしも投資効率は考慮されてこなかった(考慮する必要がなかった)と思われる。他方、インドの国内貯蓄は低い水準で、そのため、投資資金が相対的にあまり必要としない(資本集約的でない)サービス産業中心に発展が図られ、結果として、マクロの投資効率が高くなっている。さまざまな指標を見ると、確かにまだまだインドははるかに中国より遅れているが、だからと言って中国の発展モデルの方が優れているとも単純には言えないだろう。中国の高成長の契機となったのは、言うまでもなく、1978年に始まった鄧小平の改革開放路線であり、インドの場合は、湾岸危機が引き金となって生じた、1991年央の国際収支、外貨準備危機に対応するため採られた経済改革、自由化政策である。現時点において、インドが中国に遅れをとっているとしても、それは必ずしも発展モデルの違いに起因するものではなく、単に成長の契機になった時点が、インドの方が約10余年遅れたことによるだけかもしれない。


経済改革の過程における国家の関与という観点からみると、中国の場合、1978年以降、「社会主義的市場経済」という名のもとで、共産党に支配される政府が強力に発展を主導してきたことは間違いない。表現が適当かどうかわからないが、いわば国家資本主義である。これに対し、インドは、以前から、民主主義、自由、法統治といった面で、中国より進んでおり、1990年代以降も、民間主体で発展してきたという印象がある。これが、上述のような、トップダウン(中国)とボトムアップ(インド)の違いという見方につながっていると思われる。しかし、このインドの「ボトムアップ」の中身には注意する必要がある。インドの社会学者も指摘するように、多くの異なる言語(ヒンズー語の他、1000万人以上の言語人口を有する言語が少なくとも15以上)宗教(ヒンズー教の他、数個の異なる宗教)民族、部族、カーストが混在する複雑なインド社会を、「メルティング・ポット」(異なる文化を融合して、ひとつの文化に作り上げる)ではなく、「サラダボウル」(異なる文化をあえて融合させず、差異をそのままにして混在させる)のアプローチで統治する、そしていろいろな意味で異なる社会階層の対立を解決する手段として、国家が民主主義、自由に依拠したという歴史的経緯が、インドにはある。また、1991年以降の経済改革が、単なる経済の安定化措置に止まらず、経済危機が収束した1993年以降も構造改革として進めることができた背景として、これが民族対立や政治的クーデターといった問題のように社会階層全般の関心とはならず、一部のエリート層の関心事項に留まり、政治的な争点にならなかったことが、逆に効を奏したとも指摘されている。そのため、結局、政策当局者は、一部エリート層、富裕層には資するが一般大衆には影響しない、したがって実行しやすい改革が進められたということではないか(たとえば、インドは経済の対外依存が低いので、貿易、外国為替、資本規制などの改革は、ほとんどの一般庶民には関係しない、したがって関心もない)。そうであるとすると、インドの場合、真の意味での民間主導、個々の一般大衆からのボトムアップによる発展と言えるのかどうか、疑問なしとしない。(以下、次回に続く)

(参考)中国とインド:諸条件と発展モデルの違い

中国 インド
  1. 少数民族問題あるも、90%以上漢族の同質社会
  2. 共産党支配の社会主義下で市場経済導入
    市場経済を支える制度・法統治が不完全
  3. 巨額の国内貯蓄、外資導入、安価で豊富な労働力⇒製造業、輸出、国内インフラ整備中心の経済成長

  1. 言語、宗教、カースト等が混在する非同質(サラダボウル)社会
  2. 非同質社会をまとめるための民主主義、自由、市場経済を支える制度、法統治
  3. 過少な国内貯蓄、限定的な外資導入⇒IT等サービス産業中心の経済成長



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