改革開放に踏み切って以降、中国では多くの大卒者が政治、経済、文化面で発達した北京や上海といった大都市に職を求め、ホワイトカラー層を形成するようになった。しかし、数年前から都会での仕事と生活を捨てて、大都市から逃げ出すホワイトカラーが見られるようになってきた。こうした「逆都市化」現象は、分離された戸籍制度や不動産価格の高騰、地域間格差の拡大といった中国特有の問題と深く結びついている。ホワイトカラー層が大都市で直面している問題として、以下のような現実が横たわっている。

◆高い生計費と低い幸福指数

中国で最近発表された『中産家庭幸福白書』によると、中国で経済が最も発達している北京、上海、深セン等の都市部では幸福指数が相対的に低い傾向が見られ、一人当たりの平均収入の高さと幸福度合いが正比例していない。高すぎる住宅ローンを支払うために、ホワイトカラーはさらに高い給料を得る努力や長時間の残業をしなければならない。この結果、家族間の交流とコミュニケーションが不足気味となり、ほかの都市よりも『家』という絆が弱まっている。

◆速すぎる生活のリズムと強いストレス

大都市は人口が多い上に強者が集まっており、競争が激しいのが現実である。「華為:中国を代表するIT企業で通信設備メーカー」で発生した従業員連続自殺や過労死は大都市のホワイトカラーの忙しすぎる日常を反映している。

◆生活環境の悪化

大都市では生活環境が大きく悪化している。大気汚染は深刻で、騒音は酷く、交通渋滞もますますひどくなっている。

◆失われた社会との絆

大都市から逃げ出したホワイトカラーはほとんどが外来人(他の省から移住してきた人々)である。彼らは両親や親友から離れて生活しているだけでなく、経済水準が低く文化的にも豊かではない農村から都市に来ているケースが多い。このため、元々大都市での生活に一種の違和感を持っている。一方、人口が多く、強者が集まっている競争の厳しい大都市は、よそ者に距離感を与えがちである。制度上戸籍がない上に、不動産価格が高騰した大都市では十分な住環境ものぞめず、彼らの多くは物質的にも精神的にも大都市に溶け込めずにいる。社会的地位を得られない場合、社会への帰属意識が希薄になってしまう。

◆不十分な給与水準と福利厚生

大都市の企業が利益を追求するあまり、ホワイトカラーにしわよせを及ぼすことがある。例えば、物価上昇と仕事の負担に見合うような合理的かつ公平な待遇やインセンティブが足りない企業がある。また、ホワイトカラーが働きやすい環境を整備せず、またワーク・ライフ・バランスへの配慮を全く行わない企業も少なくない。

◆不十分な法制度

労働者としてのホワイトカラーの権利を保障する政策や法制度が、まだ十分整備されているとはいえない。例えば、人材権益保護法はまだ公布に至っていない。

◆社会保障の欠如

中国の大都市はずっと人口過密状態にある。中国特有の戸籍制度を背景に、インフラ建設に関わる外来人は居住都市での戸籍がないため、元からの都市住民と同様の社会サービスを享受することができない。戸籍がない場合、児童の就学や就職、住宅購入、年金、医療など多くの面で不利益を被ってしまう。

◆課題解決へ向けて

中国には「水は低いところへ流れ、人はよりよいところを進む」という諺がある。社会は異なる多様な階層から構成されている。都市では、社会におけるそれぞれの階層に対して上の階層へ這い上がる機会が提供されるべきだ。その意味で、ホワイトカラーが大都市から逃げ出している「逆都市化」現象には極めて大きな社会的危機が内包されているのではないかと思う。課題の解決に向けて、以下のような方策の導入が焦眉の急といえるのではないか。


a) ホワイトカラーの大都市での生活において直面しがちな問題に対して、十分な法規制の整備と保障制度を確立する。例えば、給与法、労働契約法、人材権益訴訟法、反解雇反リストラ法などを制定して、労働市場の管理とともに従業員の正当な権利を確保する。


b) 都市発展に関する行政管理体系の改善を図る。行政管理の権限を強めて、社会保障の充実を図る。その中で労働者の待遇と福祉の合法性との平仄を合わせ、合理的な監督・管理を実施する。また、金融政策などマクロ経済面で不動産価格急騰やバブル膨張を防ぐ政策を採り、居住コストなどの物価を収入対比で合理的な水準にとどめるよう誘導する。


c) 政府が行政管理を実行する際には、労働者の権利が十分に保護されていることを監督すると同時に、社会にひずみをもたらしている様々な制度改革に取り組むべきだ。例えば、できるだけ早期に戸籍制度の制限を緩和して、地方出身者が従来からの都市住民と同等の権利・サービスを享受できるようにする。



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