「憑き物」が落ちた日経平均株価の高値更新

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2024年04月17日

  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 神谷 孝

本年2月に日経平均株価がバブル崩壊前の史上最高値を更新した。実に34年ぶりである。「今回は違う」、「今回は業績が伴っている」と評価は概ね肯定的であり、新時代の幕開けとやや大仰に語られることもある。一方で、バブル崩壊を目の当たりにしてきた筆者世代としては、慎重な目線を崩さない癖がどうにも染みついて取れない。

とは言え、何か憑き物が落ちたような、幾分、晴れやかな面持ちでもある。これまで、多くの企業の経営改革やその成功事例は目にするものの、株価全体がかつての水準を下回っているという事実は、まだ何か言い訳を探さないといけないという意識を消してはくれなかった。この高値更新で、ようやく、そこから自由になったと言うべきかもしれない。

憑き物が取れたのは、株価だけだろうか。高値を超えられずにいた間、日本企業は、様々な憑き物から徐々に解き放たれてきたように思える。

一つ目のキーワードは、働き方改革で示される「働き方」。ワークライフバランスの重視、年休の取得向上、残業の抑制、育児休暇の取得など、世代によっては、隔世の感がある方も多いだろう。とは言え、それは改革というより、むしろ正常化とも言える。ダイバーシティー&インクルージョンも正常化に他ならない。それまで、社会に適合していなかった企業の働き方が、やっと正常化したと考えたい。

二つ目のキーワードは「コンプライアンス」。カタカナにすると何か新しい印象を受けるが、日本語であれば法令遵守である。常人からすれば何を今さらだが、ところが、そうではなかった。内部告発やネットによる発信などよって、様々なハラスメントや不正が容易に外部に晒されるようになった。「忖度」もこれに関連した憑き物だ。忖度の本来の意味は、気遣いや優しさを表す肯定的な言葉だが、今や否定的な色合いが濃くなってしまった。社員や取引先の忖度に守られて、法令や規則を守らない行動が内部では常識とすらなっていた。そんな憑き物から、ようやく解放されつつある。

近年、ものづくり日本の看板を脅かす報告が相次いでいる。かつて、メイド・イン・ジャパンは信頼性の証であり、それは取引先や消費者にまで浸透していたし、さらには誇らしかった。マネジメントとの会話でも、自社製品・サービスの強みは信頼性、と答える企業は今でも多い。しかし、大手企業を含めて検査データ改ざんなどが相次いで発覚し、その強みは危機に瀕している。経営陣と現場との乖離がその要因とも言われており、「信頼性、日本品質」という憑き物に両者が踊らされていたかのようである。

これらの憑き物に通じるのは、「内輪の論理」である。バブル崩壊前までの成功体験が、内向きの論理を加速させた。細部の身近なリスクを最小限にすることで、大きなリスク、すなわち憑き物が膨らんでいった。さらには、そうした内輪の論理で行われた人材配置が、人材の質を弱め今で言う人的資本を棄損してきたとも言えよう。

これら憑き物から日本企業が徐々に解放されてきたこと、やっと真っ当で真面目な経営が評価されるようになってきたこと、それが今回の高値更新の意味と考えてはいかがだろうか。バブル水準回復のメカニズムは、世代交代とも言われる。人の意識や考え方は、そう簡単には変えられない。バブルが崩壊しても、残念ながら人の意識は変わらなかったが、34年経過し人が入れ替わることでようやく変わった。充実した働き方が可能となり、不合理な内輪の論理に苛まれることなく思う存分に自分の価値を高め発揮できる環境が整った。将来に夢を持てない若者が多いと言われる日本だが、若者には、この高値更新にそんな意味を考えてもらうのも悪くない。

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神谷 孝
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マネジメントコンサルティング部

主任コンサルタント 神谷 孝