新春を迎えて

RSS

2023年01月01日

  • 理事長 中曽 宏

2022年中、世界経済はコロナ禍に加えロシアによるウクライナ侵攻という大きな出来事に遭遇した。少し長い目で歴史を振り返ると、ベルリンの壁が崩れ東西冷戦が終わってから30年余にわたって世界経済の拡大を支えてきたメカニズムが転換点を迎えているようにも見える。

冷戦終結後、世界の経済や金融市場ではグローバル化が加速した。この間に私たちは、1990年代後半の日本の金融危機、それから10年後のリーマン・ブラザーズの破綻を契機とする国際金融危機、さらにその10年後のコロナショック、と大きな危機に見舞われてきた。グローバル化した世界で危機の伝播速度は速まり各国の政策対応の規模も巨大化した。2020年に勃発したパンデミックへの対策では、過去の危機で得られた「政策の出し惜しみと手遅れはいけない」という教訓に基づき、金融危機に至る前の段階で事態の深刻化を食い止め、経済の大きな落ち込みを回避することができた。

半面、危機対応手段を大規模に、長期にわたって発動してきた結果、世界的な高インフレや一部の資産価格の上昇など、新たな問題の種を蒔いた可能性がある。コロナ禍による物流の混乱といった供給要因に、行動制限解除後の消費の回復といった需要面からの効果も相まって、欧米を中心に物価が急騰し、欧米の中央銀行は、金融引締め方向へと急速に政策の舵を切った。物価を2%目標まで確実に下げるためには、FRBは従来市場が織り込んできたよりも長い期間、引締めを続けなくてはならない。その意味で2023年中、米国の景気後退は不可避と考えられるが、米国の経済も金融システムも頑健性を備えている。したがって、仮にリセッションに陥ることがあっても、比較的早く景気回復を実現できるだろう。この点は今後の世界経済にとってプラスの材料だ。

地政学的リスク、特にウクライナ戦争の帰趨は2023年も引き続き大きなリスクだ。戦争は世界経済にダメージを与えただけでなく、グローバル化を支えてきた秩序を揺るがしている。日本を含む西側主要国はロシアに対して厳しい経済制裁を課し、基軸通貨ドルの使用やSWIFT、海上保険といった、グローバル化を促進してきた「公共財」的な仕組みの使用を制限した。経済制裁の「武器化」は世界経済の分断リスクを高める。企業はリスクに備え、従来の「効率性」から万一に備えた「安定性」や「強靭性」重視への行動変容が迫られる。これは、日本企業がこれまで追求してきた「just in time」から「just in case」へのシフトを意味する。

国際経済秩序も金融政策も転換点を迎える中で、世界経済を取り巻く環境には、かつてないほど不確実性が高まっている。企業経営にとっては難しい環境となったが、不確実性の中に潜むチャンスに活路を見出す姿勢が求められる。経済対策の面では、国際ビジネスにとっての不確実性を除去する観点から、最低限、経済制裁という武器が無秩序に使われることのないよう多国間の合意に基づくルールを設けることが必要だろう。日本経済にとっては、外生的ショックへの耐性を高める観点からも、現在は「ゼロパーセント台前半」と推計されている潜在成長率を高めていくことが一層重要になる。成長力は資本蓄積や技術革新によって引上げることができる。この点、「脱炭素化」は、巨額の投資と新しい技術がドライバーになるので、長い目で見ると日本で不足してきた成長要素を補う恰好の成長戦略となる。今年も日本経済の「海図なき航海」は続くが、光は見えていると思う。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。