革新的な難病治療薬の開発につながるか、創薬AI

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2018年04月03日

  • 菅原 佑香

AI(人工知能)の進歩が目覚ましく、様々な領域でAI活用事例が増えている。その一つに創薬AIがある。今年に入り、IT企業が製薬企業と共同研究でAIを活用した創薬手法を共同研究することが報じられた。また、一昨年には、IT企業や製薬企業が、理化学研究所や京都大学と協力して創薬AIの開発に乗り出している。創薬AIとは何か?

伝統的な創薬(化学合成により製造される低分子医薬品などの開発)のプロセスでは、まず、疾患の原因となる標的タンパク質を10万種類以上の生体内タンパク質の中から特定しなければならない。次に、製薬会社の数万種類もある化合物ライブラリーの中から、そのタンパク質の機能を阻害する化合物を探索する。それらの組み合わせが特定されたところで、ようやく動物実験や臨床試験等の治験に移ることができる。つまり、実用化された薬が我々の手元に届くには、膨大な時間と費用を要する。さらに、2000年代になって、遺伝子組換え技術や細胞培養技術を用いて製造するバイオ医薬品の開発が増えており、従来の低分子化合物の開発に比べ、より高度な技術が必要となって来ている。

具体的には、新薬開発には、研究開始から承認取得まで9~17年を要すると言われており、その成功確率は、わずか2万~3万分の1と非常に低いという(厚生労働省(2017a))。実際のところ、日本製薬工業協会「DATA BOOK 2018」によれば、新薬の研究開発費が、2016年度には1兆3,516億円と、この20年間で2倍以上に拡大しているが、新薬の承認数は横ばいで増加しておらず、新薬1品目当たりの開発コストが増加している。この背景には、治療法が確立されていない疾病分野における新薬の開発の難しさもあるという。

医療費が助成される指定難病は2015年7月に大幅に拡大され、2018年4月時点の対象疾病は331である。厚生労働省の「衛生行政報告例」によれば、指定難病者数は、98万6,071人(2016年度末現在)にものぼり、年々増加している。難病を克服するための新薬開発の需要はますます高まっているのである。

大量のデータから規則性や関連性を見出す(機械学習)ではなく、複雑なデータであっても有効な化合物の組み合わせを予測し、より有効性の高い化合物の設計や構造の最適化、高精度のシミュレーションをする(深層学習)が創薬開発においても期待されている。既に、機械学習を用いた創薬AIは進んでおり、創薬プロセスの大幅な短縮化が見込まれるだけでなく、今後、高度な技術を要するバイオ医薬品の開発等、創薬AIの活用領域の発展も望まれる。

有効な新薬のパターンの予測を大量のデータから効率的かつ自動的に行うことが可能となれば、その効果は小さくないだろう。京都大学大学院医学研究科 奥野恭史教授の試算によれば、1品目当たり600億円の削減となり開発期間が4年短縮されることで開発費は業界全体で1.2兆円の削減になるという(厚生労働省(2017b))。これは、基礎研究(タンパク質と化合物の特定)において特に削減効果が高く、創薬を低コストで行うことができれば、薬価の引下げにつながり、医療費全体の抑制にもつながるだろう。

何より望まれることは、難病患者やその家族など、画期的な新薬の開発を心待ちにしている人たちに、希望の光が灯ることである。難病患者やその家族の手元に革新的な新薬が一日でも早く届くことを願いたい。

【参考文献】
厚生労働省(2017a)「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 報告書」(2017年6月27日)
厚生労働省(2017b)第3回 保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 資料3「創薬における人工知能応用」(奥野恭史)(2017年3月8日)

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