「米国納税者と米国経済にとってユーロ危機が意味するもの」

マーク・ソーベル副財務長官補佐の米国下院における議会証言

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2012年01月27日

  • 吉川 満
2011年の年末も押し迫った12月16日に、米国財務省の副財務長官補佐のマーク・ソーベル氏は「米国納税者と米国経済にとってユーロ危機が意味するもの」(※)と題する議会証言を下院TARP(不良資産救済プログラム)の監視及びTARP(不良資産救済プログラム)を巡る政府改革小委員会において行いました。現在の世界における最大の経済問題がユーロ危機問題であるという事は、日本でも広く認識されるようになっていますが、世界最大の経済大国米国がこの問題に関してどう考えているのかを、同議会証言に即して簡単にまとめてみたいと思います。

初めに、ヨーロッパの経済見通しは悪化している事と、ヨーロッパの問題は米国にとっても深刻なリスクであることが述べられ、全体の挿入部となっています。ヨーロッパの経済見通しが悪化している事は次の様に書き起こされています。「昨年を通じてヨーロッパの経済金融危機はヨーロッパ最大級の大国のいくつかにまで拡大しました。今やヨーロッパが直面している危機は深度を増し、より定着したものとなってしまいました。多くの国で国債利回りは上昇しヨーロッパの多くの金融機関は市場資金の調達を巡って困難に直面し自らの信用状態をより適切に導く為に レバレッジを低下させています。ヨーロッパの株式は四月以来、価格が4分の1下落しました。こうした推移の結果、ヨーロッパの現在の成長パフォーマンスは大きく低下し、成長見通しの大幅低下は2012年一杯続く見込みなのです。」(※)

続いてヨーロッパの問題は米国にとっても深刻なリスクであることは次のようにまとめられています。「ヨーロッパの他の世界諸国との間の貿易・金融面での繋がりが今後も強力なものである以上は、世界の他の地域もヨーロッパの経済不振の影響を同じように感じざるを得ないでしょう。」(※)

確かに「世界の他の地域もヨーロッパの経済不振の影響を同じように感じざるを得ない」というのはその通りで、最近ではこれまではヨーロッパの経済不振の影響が比較的小さく、それゆえにヨーロッパの経済危機のバッファーとなってきた新興国の代表である中国も、ヨーロッパの景気低迷に由来する対欧州輸出不振から経済成長が鈍化しつつあると言われている程なのです。ましてや中国に比べて成長率の低い米国にとって、ヨーロッパ情勢が大きなリスクとなっている事は言うまでも無い事なのです。

けれどもこの日の議会証言はむしろここからが本番と言えるものだったのですが、マーク・ソーベル副財務長官補佐は第一にヨーロッパの問題に関与しようと米国民に呼びかけ、続いて第二に、関与の中心的な役割を果たすのは、IMFという国際機関であると強く主張しているのです。

「ヨーロッパの問題に関与しよう」に関しては、米国にとってヨーロッパを支援する事は、米国の国益にとっても極めて重要な事であるとしているのですが、その前提として問題解決のためには、第一にヨーロッパが莫大な自己利害を負っていると考えています。その部分を訳により紹介して見ましょう。「第一に最も重要な事は、問題を解決するための莫大な自己利害を負っているのは、ヨーロッパであるという事です。過去2年間に発覚した諸問題は、通貨同盟が危機対応のための適切な手段と長期的な経済金融の持続性を保障するより強力な規律を持つ必要があるということに焦点を当てました。オバマ大統領とガイトナー財務長官が多くの機会に繰り返し述べた様にヨーロッパは明らかに危機に取り組む能力と資源とを保有しているのです。」(※)ここで言っている事は、端的に言えば、ヨーロッパの経済金融危機を解決する第一の責任はヨーロッパにあると言う事です。確かにヨーロッパの現今の経済危機は、2009年10月にギリシャで政権交代に伴い国家財政の粉飾決算が発覚した事がきっかけなのですから、粉飾決算を見破れないままギリシャのユーロ圏入りを認めてしまった、欧州共同体に一義的な責任がある事は間違いありません。

しかし、ユーロ解体が囁かれる程の問題の規模を考えると、米国を含む他の諸国は直接の責任は無いからと言って看過してよいという事にはなりません。(更に米国の場合、先立つ自らの金融危機によって、ギリシャを含むヨーロッパの経済体力を低下させてしまったと言う間接的な責任から自由ではないとも言えます。)各国ともそれぞれの諸国ができる限り、経済秩序を維持するように努めると共に、ヨーロッパの立ち直りに手を貸していかなければならないのです。そこでどんな手順で対応を考えて行けば良いかを、米国の立場から纏めたのが、この議会証言であるといえます。その答えが、「米国もヨーロッパの問題に関与しよう」という呼びかけであり、「関与の中心的な役割を果たすのはIMFである」という判断なのです。

マーク・ソーベル副財務長官補佐も挙げている通り、IMFは第二次世界大戦の終結に伴い1945年に設立されて以来、;ヨーロッパと日本の復興(戦後期)、英国とイタリアの危機からの復興(1970年代)、ラテン・アメリカの債務危機(1980年代)、東欧及び旧ソ連の経済体制の移行(1990年代)、アジアと新興国の通貨危機(1990年代後半)等様々な世界的な難問の解決に力を貸して来ました。こうした実績から言って、IMFは国際機関の中でもヨーロッパ救済の為には最も好ましい貸し手と言えます。

他方、現在米国に自らが中心となってヨーロッパを支援するだけの余力があるかというと、これはノーと言わざるを得ません。米国は2008年にリーマン・ブラザーズの破綻に象徴される大規模な金融危機があったばかりであり自ら体力が低下しています。欧州危機が米国に波及する事さえ懸念されている情況なのですから、ヨーロッパ復興に手を貸す中心的な役割は、他者に譲らざるを得ません。

IMFは世界で最も好ましい貸し手としての声価を確立しており、それゆえ良好な返済実績を誇っているのですから、まさに格好の貸し手と言えましょう。しかし、一部では世界恐慌の可能性さえ囁かれる現在では、各国からの拠出によって運営されるIMFの資金力にも限界があります。その点を確認し、米国からの拠出にも限度があることを確認する為でしょうか、議会証言ははっきりと次の様に述べています。「現在IMFは4000億ドル弱という多額の資金を持っています。米国政府は国際的なパートナ-達に、米国はIMFへの追加の資金拠出を求めるつもりは無いことを明らかにしています。」(※)

この議会証言で示された次の三点はいずれにしても、ヨーロッパ経済危機を考えていく場合の基礎となるとも言えるでしょう。

  1. ヨーロッパ経済危機で最大の責任を負っているのはヨーロッパであり、今後もヨーロッパの自発的な復興努力をベースに問題を解決して行かねばならない。
  2. 米国を始めとする他の先進国、新興国も、自らの経済秩序維持に努めつつ、可能な限りヨーロッパの復興を支援して行かなければならない。
  3. 外部からのヨーロッパ支援の中心をなす役割は、IMFが果たすべきである。

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