SEC、一定の資産担保証券取引に関する利益相反取引を禁止する規則提案を決定

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2011年10月28日

  • 吉川 満
2011年9月19日、ワシントンD.C.

「米国SECは本日、全員一致で一定のABS(資産担保証券)のパッケージ・販売業者と、一定のABSの投資家との間の、重大な利益相反取引を禁止する事を意図した、規則を提案することを決定しました。」

9月19日に発表された、SECの当該のニュース・リリースはこの様に始まっています。これは最初の一文ですが、これに続いてあと三文(二段落)を紹介すると区切りが良いので、まず紹介しておきまましょう。

「この提案は伝統的な証券化慣行の禁止を意図したものではありませんが、ドッド・フランク両議員が中心になって纏めた、ウォール街改革及び投資家保護に関する法律の621条を実行しようとしているのです。」

「提案された規則はABSの参加者に対して、指定された期間に亘って重大な利益相反を含むか、もしくは利益相反に帰結する様な取引に従事する事を禁止しているのです。取引が重大な利益相反を含むかどうかを決定するための、二つの基準は提案された規則の中に提示されています。」

利益相反の二つの判断基準については後で改めて説明することとして、まず利益相反という言葉の意味を、簡単に説明しておきましょう。利益相反とは依頼者から業務の依頼があった場合、本来中立の立場で業務を行なわなければならない者が、自己や第三者の利益を図って、依頼者の利益を損なう行為の事をいいます。 金融会社は金融に関する顧客の業務依頼を執行する事を業とする者なので 、業務執行において利益相反行為が無いかどうかがしばしば問題になるのです。SECの提案は、まさにこの問題を正面から取り上げたものであり、証券会社を含む金融会社にとっても決して避けて通る事のできない重大問題であるといえましょう。

それではSECが何故この時点で、あえて利益相反の問題を取り上げたのか考えてみると、2007年をピークとする住宅ブームの中で、米国証券会社による、いわゆる証券化を巡る利益相反問題があったと言われ、この問題を解決しなければ、SECとしても証券規制の問題を先へ進める事ができなかったからだろうと思われます。現にSECは2010年4月16日付の、「SEC、ゴールドマン・サックス社にサブプライム・モーゲージに連動するCDOの組成・販売に関する詐欺行為で制裁金を賦課」と題するニュース・リリースの中で、「投資家はアバカス(筆者注:ゴールドマン・サックス社がこの件で利用したCDOの名称)関連の負債証券に投資して10億ドル以上の損失を蒙ったと言われています。」 と述べています。SECのゴールドマン・サックス社に対する訴訟の結果は、ゴールドマン・サックス社が多額の制裁金を支払う事にはなりましたが、和解という形で決着していますので、今回のような違法と思われる行為をどう取り扱うのか法律・規則の形ではっきり決着をつけなければ、証券規制のあり方が明確に定まらないとも言えるのです。今回のSECの規則制定は、この点にはっきりと決着をつけようとするものといえましょう。ただしドッド・フランク法はリスク緩和のためのヘッジ活動、流動性を付与するための活動、真正なマーケット・メイキング活動を利益相反取引禁止の例外として認める事を要求しているのですから、これに従いこれらの例外はきちんと認められています。

これらの例外が認められている理由を考えてみると、第一にリスク緩和のためのヘッジ活動であれば、投資家の投資リスクが軽減されるのですから、これは投資家のためになる行為であり、これは奨励されこそすれ、禁止の必要は無いと考えられるからです。第二に流動性を付与するための活動も、金融商品は流動性が逼迫すると思わぬ値動きを示し、投資家に予想外の損失を齎す可能性があるのですが、流動性を付与するための活動は、こうした可能性を予め排除しようというものですから、これも禁止する必要がないと考えられるのです。第三に真正なマーケット・メイキング活動も、投資家が特定の金融商品を入手しやすい様にする行為ですから、これも禁止する必要がないと考えられるのです。

但し,リスク緩和のためのヘッジ活動にしても、流動性を付与するための活動にしても、真正なマーケット・メイキング活動にしても、それが真実、投資家の便宜を測る意図から行なわれている事が、例外が認められるための条件と言えましょう。形式的にこれらの取引に該当する取引が行なわれても、その取引の真の狙いが、何らかの投機的な目的にあるのでは、例外として認められない可能性が強い事は言うまでもないでしょう。

ここで先程述べた利益相反の二つの判断基準を紹介する事にしましょう。第一に、一定の条件が満たされた場合には、その業者はABSのパッケージング、投資家へのABSの販売を完了した後でABSを空売りして、投資家が損失を蒙った場合に同時にその業者が利益を得られるようにする事は禁止されます。証券化商品を組成し、投資家に販売したあとで、その証券化商品のショート・ポジションを取得し投資家に大幅の損失を齎しつつ自らは大幅の利益を得るという行為は先の例でSECが問題視し、ゴールドマン・サックス社に対する訴訟を行った理由です。SECはまさにこの事件を念頭に置いて、新規則を提案したものと考えられます。

第二の判断基準は、一定の条件が満たされた場合には、その業者は第三者がABSをABSの破綻を条件として利益を得ることができる様に組成する事を手伝う事は禁止されます。第一の判断基準が投資家の犠牲の上に業者自らが利益を得ようとする行為を禁止しているのに対して、この第二の判断基準は投資家の犠牲の上に第三者に利益を得させようとする行為を禁止しているのです。どちらにしても証券化金融商品を利用して、投資家に損をさせつつ、業者なり第三者なりが利益を得ようとする行為であることは共通しています。もちろん、こうした行為が許されない事は言うまでもありません。利益相反行為においては投資家と業者(または第三者)の利害が正反対になるのですから、それが認められるのは、ごく例外的な少数のケースに限定されるのです。

そもそも利益相反行為は、投資家に損をさせつつ、業者なり第三者なりが利益を得る行為なのですから、原則としては認められないものなのです。リスク緩和のためのヘッジ活動、流動性を付与するための活動、真正なマーケット・メイキング活動といった投資家のためになると考えられる例外的なケースにのみ、原則とは異なる特別な取り扱いとして認められるものなのです。金融機関は利益相反取引の原則禁止の重い意味を絶えず想起しながら、取引を執行していく必要があると言えましょう。

最後になりますが。SECはこのニュース・リリースを発表すると共に、一般からパブリック・コメントを募集しています。パブリック・コメントの提出機関は90日間と定められています。

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