インターナル・クラウドがIT部門に求める変革(1)~システム構築編

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2010年01月29日

  • フロンティア研究開発センター長 田中 宏太郎
昨今、クラウドという単語が新聞や雑誌に載らない日はないと言えるくらい、仮想化やクラウド・コンピューティングは一般的な話題になってきている。
IT専門調査会社 IDCジャパンは2009年12月15日、2010年における国内IT市場でキーとなる技術や市場トレンド、ベンダーの動きなど主要10項目を発表したが、2010年は経済と国内政治情勢の不透明感から、企業は国内の投資全般に慎重な姿勢を継続する一方、投資抑制が仮想化やクラウドへの移行を加速させる、とした。なお主要10項目のうち仮想化やクラウドが含まれる項目は、3項目にも及ぶ。期待を含め、関心が高いことの表れであろう。

クラウドは、ITに関する調達、設計、構築、運用、保守、管理等すべての局面において、多大なインパクトをもたらす。各種メディアで報じられているように、クラウドはCPU・メモリ・ストレージ・ネットワーク・ミドルウェア等のシステム・リソースをこれまでの“所有”形態から“利用”形態へ移行することを可能とするため、企業等に以下のようなメリットをもたらす。
1)ITにかかる費用を変動費化できる
2)従来は各システムやプロジェクトで余裕をもって個別に用意してきたシステム・リソースを、必要な量だけ調達すれば良くなるため、“過剰な”初期投資を抑制できる
3)システム・リソースが不足した場合でも、容易かつ迅速に増強できる
4)仮想マシン(HaaSの場合)あるいは仮想プラットフォーム(PaaSの場合)またはアプリケーション・サービス (SaaSの場合)が提供されるため、IT部門が、機器・ミドルウェアの調達、設計、導入・構築、運用、保守、各種管理等から解放される
5)同様に(本来はデータセンターの効果であるが)空調や無停止電源装置等、施設・設備の保守・管理が不要となる
6)自らがグループ内あるいは自社内にクラウド環境、すなわちインターナル・クラウド環境を提供する場合は、システムを横断したシステム・リソースの統合・共有と、それにもとづくシステム・リソースの利用効率の向上により、コストが削減できる。

なお私は、いわゆるパブリック・クラウドへ企業内の全システムを移行するのは、セキュリティやコンプラ、サービスレベルの点から現時点では時期尚早であろうし、また自社システムやパブリック・クラウドとの接続性等の標準化がまだまだ必要と考えている。したがって、グループ内あるいは自社内のインターナル・クラウド環境が、クラウド環境の現実解と認識しており、これ以降、インターナル・クラウドで論を進める。

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クラウドは、上記のようなメリットをもたらすとともに、企業等のIT投資スタイルを変化させ、それに伴ってIT部門に大幅な変革を求めると思われる。
まず、システム構築プロセスに対する変革のトリガーを以下に記す(なお別稿にて、運用、保守、管理面について記す)。

第一に、これまで見送られたプロジェクトが実行されるようになるであろう、ということである。これまで個別のプロジェクトでは、稼働後のさらなる予算確保の困難さ・煩雑さやシステム・リソース拡張のリスクや手間等から、将来の利用予測(キャパシティ・プラン)を行い、現状に必要な量の例えば3倍というようなシステム・リソースを購入してきたのではないだろうか。その場合、初期投資金額の高さからプロジェクトが承認されなかったケースもあったと思う。これがクラウドにおいては、とりあえず必要なシステム・リソース量でスタートすることが可能となるため、クラウドが本来的に持つ規模の経済性による低コスト化効果とあわせて初期投資額が減少し、その結果、プロジェクトが承認されるケースが増えるだろう。

第二は、クラウドによりシステム基盤の提供時期が早まるため、プロジェクトの全体期間が短期化するであろう、ということである。種類にもよると思うが、私の経験では機器調達は数カ月間かかることも珍しくはなかった。そのため、機器調達を伴うプロジェクトは、例えば6カ月間となっていた。しかしクラウドの場合、この数カ月間の調達期間が数日から数週間に短縮される。そのため例えば4カ月間等と短期化されるだろう。

第三は、上記からプロジェクト規模が従来よりも小粒化し、同時進行のプロジェクト数も増え、プロジェクト・マネージャ(PM)の枯渇感が高まるであろう、ということである。調達、設計、構築、運用、保守、管理等からの解放により、要員の再配置が可能となって要員が捻出できるようになるものの、スキルセットの相違や経験不足等から容易にPMへは転身できず、増加したプロジェクトを完全には埋め切れないかもしれない。

第四は、クラウドによりシステム基盤が提供されるようになるため、システム基盤の設計・構築担当者の余剰感が高まるであろう、ということである。但し、これまでベンダーにシステム基盤構築を委託していたような場合は、内製化による要員調整が可能であり、その場合はコスト削減(外部流失額の削減)になろう。

第五は、プロジェクトの全体期間における、機能要件の定義・設計やアプリケーション開発の割合が相対的に高まるであろう、ということである。従来は、機能要件の定義が多少甘くとも、機器調達やシステム基盤の設計・構築と並行して詳細を詰めること(いわゆる雁行)で、帳尻を合わせることも可能なプロジェクトもあった。この“のりしろ”が、システム基盤の提供期間の短期化により消滅し、機能要件定義・設計の精度向上やアプリケーション開発の短期化がいっそう求められるようになる。

第六は、プロジェクトにおけるコミュニケーションの量と質がより重要となるであろう、ことである。これには2面ある。ひとつは、要件定義におけるユーザとのコミュニケーションであり、もうひとつはプロジェクト進行中のチーム内コミュニケーションである。特に後者は、同時進行のプロジェクト数の増加に伴って、PMが兼任する場合が出てきたり、オフショア等を含む複数の外部委託先拠点での開発が増える結果、プロジェクトを構成する全メンバーが一堂に会することが困難になると考えられるためである。

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これらの変革のトリガーから、クラウド時代のシステム構築において、IT部門には以下が求められると考える。

第一は、効果的なシステム企画の遂行、要件定義の精度向上である。このためには、ユーザの置かれている環境や情勢、根本的なニーズ、業務の実態等の把握に努め、よく理解する必要がある。その上で、役割に線を引かずに解決策をともに考え、質の高い提案をしていく。このためには月並みであるが、ビジネスの現場(やそれに近いところ)に身を置けるよう、努力するしかない。それはユーザとの定例会かもしれないし、日頃からユーザをこまめに訪問することかもしれない。またユーザとの対話にあたっては、最近注目されているBABOK(Business Analysis Body Of Knowledge。ビジネス分析のための知識体系)の活用を検討する必要があるだろう。

第二は、確実なプロジェクト遂行である。このためには、ひとつひとつの案件を確実に成功させ、信頼を勝ち取っていくことが重要である。そのためには、タスクの管理(進捗や品質等)が重要なことに変わりはないのだが、今後は特に人間関係の管理(コミュニケーション管理)が重要になると思う。これは昨今のプロジェクトが、単独の部門の省力化・効率化というよりは部門横断の業務プロセス改善や業務改革を意図しており、その結果ステーク・ホルダーが増えていること、分業の進展に伴って業務を一連の流れで理解しているユーザが減少しているために複数部門との対話・議論が必須になっていることや、前述したPMの兼任や複数拠点での開発が行われる等のためである。特に上流工程においては、こんなに時間をとっては本来やるべき作業に支障があるかもしれないと思うくらい、コミュニケーションの機会を設けた方が、結局のところ全体の作業効率は良いはずだ。

第三は、アプリケーション開発の短期化である。このためには、やはり標準化と、その標準化ルールや開発に関する各種情報(進捗状況や課題等)の共有が重要である。また技術面では、従来は特定の分野・規模に向くとされてきたアジャイル開発も、再利用可能なコンポーネント(モジュール)の設計・管理の強化という観点から、検討する必要があるだろう。

第四は、教育の充実である。クラウドの実現により、システム構築プロセスが変わり、要員の再配置や内製化が行われるようになると思うが、前述した「システム企画、要件定義」「プロジェクト遂行」「アプリケーション開発」分野について、再配置要員のスキル相違が考えられる。これらの職種に転換できるよう、知識研修や、擬似体験研修などの整備が必要である。

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どの時代にも共通して言える生き残るための能力とは、変化への柔軟な対応力であろう。しかし変化への対応にあたっては、当初から正解を思いつくことは少ない。クラウドを作ろうと実行することで、技術面や非技術面で様々な壁にぶつかり、その“硬さ”や“高さ”が初めてわかる。特に集約・仮想化からクラウドへの「壁」、ステーク・ホルダーとの各種調整や課金体系の確立等の非技術面の「壁」に気づくことだろう。
冒頭で引用したように、2010年はクラウドの本格的な普及期に入ると思われる。準備に使える時間は意外に短いと思った方がいい。

なおクラウドは、運用、保守、管理面での対策も成功のカギを握る。次回は運用、保守、管理面の変革のトリガーと、求められる変革の内容について述べたいと思う。

 

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