投資の「国内回帰」?

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2005年09月07日

  • 尾野 功一

注目を浴びるテーマは、時として実情以上の印象を与えることがある。例えば、英米は大陸欧州よりも経済状況が良好で、かつ経済効率や労働生産性で優位に立つといったイメージを抱きやすい。OECDによると、米国の時間当たり労働生産性は1995年—2004年まで年率2.4%の上昇、英国は同期間で2.3%上昇しており、大陸西欧地域でこれ以上であるのはギリシャ(3.0%上昇)、スウェーデン(2.4%上昇)、フィンランド(2.3%上昇)に限られる。ところが、時間当たり労働生産性の絶対水準をOECDのデータで比較すると、米国を100として、2004年時点でノルウェー(125)、ルクセンブルグ(124)、ベルギー(113)、フランス(107)、アイルランド(104)、及びオランダ(100)が米国と同等以上である。また、オーストリア、デンマーク、ドイツ、イタリアも90以上で、いずれも英国(87)の水準を上回っている。このように、1990年代後半以降の英米は、労働生産性の「上昇率」が相対的に高かっただけであり、労働生産性の水準で他国を引き離しているわけではない。

最近の日本経済に関することで、実情以上のイメージを与えていると思われるもののひとつに「投資の国内回帰」がある。個別企業ベースで、国内投資・生産を増強する事例が存在することに疑問の余地はない。しかし、日本経済全体でみると、対外直接投資などの海外投資と比べて国内投資の増加が最近になって目立つわけではない。

また、それ以前の問題として、日本は経済規模と比べた海外直接投資残高が先進国の中で最も低いグループに属しており、国内に回帰してくる前段階である「空洞化」の発生も小規模である。振り返ると、さほど遠くない過去である2001年頃には「中国脅威論」が話題をさらっている。豊富な労働力と低い労働コストを強みに、生産拠点として存在を高める中国への警戒感が高まり、中国との労働コストとの格差が解消されるまで、日本は製品貿易の価格競争で劣勢に立たされ続けるといったような観測も存在した。その後の経過をみれば、この種の見方が行き過ぎたものだったことは明らかである。

このように考えると、現在の国内回帰論も中国脅威論のゆり戻しに過ぎないといえよう。両者を隔てるものが、国内経済の動向であり、2001年時点で国内経済が好調であれば、もとより規模の小さい空洞化が注目を集めることはなかったと思われる。逆に、国内経済が現在でも低迷を続けていれば、中国脅威論は残り続け、人民元切り上げの議論もより強まるものと想像される。

1990年代以降、国内生産の優位性の低下が最も急激だったのは電気機器類である。ゆえに、デジタル家電など電気機器類の新製品で国内生産を強化する動きは国内回帰に該当しよう。だが、経済全体からみればそれは部分的な現象に過ぎないとみられる。現在の状況を、国内回帰を通じて日本経済の成長力が高まる入り口にあるとみなすのは、やや過大な期待であると思われる。
 

(出所)内閣府、財務省、日本銀行の統計より大和総研作成 (注)年度単位。対外直接投資は国際収支(財務省、日本銀行)の総額を、対外及び対内直接投資状況(財務省)における製造業の比率で按分、名目国内設備投資は、GDPベース(内閣府)の総額を、法人企業統計(財務省)における製造業の比率で按分した。

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