証券会社のリサーチはタダじゃない?

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2017年05月16日

  • ニューヨークリサーチセンター 主任研究員(NY駐在) 鈴木 利光

欧州では、MiFID Ⅱ(※1)の適用開始日である、「2018年1月3日」が迫っている。

MiFID Ⅱの重要なコンテンツのひとつは、「リサーチ費用のアンバンドリング」(※2)だろう。というのも、投資会社が第三者のリサーチをタダで入手することを禁じたうえで、その原資を明確化することを求めているからである。したがって、リサーチの提供主体が証券会社である場合は、売買の執行手数料とリサーチ費用を分離することが求められることになる。

もっとも、ただ「アンバンドリング」するだけであれば、欧州や米国では、すでに過去10年の間にそうした慣行が定着しつつある。というのも、英国の「ソフトダラー規制」やEUのMiFID(最良執行義務を明文化)を機に、いわゆるCSA(Commission Sharing Agreement or Commission Sharing Arrangement)が定着しているからである。

では、MiFID Ⅱは、何を変えたのか。それは、リサーチ費用を証券会社との間の取引量(及び/又は取引価格)に連動させることを禁じたことである。

このMiFID Ⅱ版の「アンバンドリング」の方法としては、①投資会社の自己負担によるリサーチの購入(ハードダラー)、又は②投資会社の管理する独立のRPA(Research Payment Account)を通じたリサーチの購入、の二通りが認められている。

この①と②、いずれが主流になるのだろうか。米コンサルティング・ファームのグリニッチ・アソシエイツが実施した、欧米の投資会社関係者を対象としたアンケート(※3)によると、欧州の回答者の過半数が、5年以内に、①のハードダラーに移行する見込みとしている。英国では、MiFID Ⅱ適用開始当初から①を採用する旨明らかにしている大手投資会社も複数ある(※4)

②のRPA経由でのリサーチ購入を選択すれば、従来どおり、リサーチ購入の原資をアセットオーナーである顧客から徴収する運用手数料とすることができ、MiFID Ⅱ適用にかかる事務コストを抑えることが可能となりそうな印象を受ける。にもかかわらず、①のハードダラーへの移行を検討するのは、②の採用にかかる要件(リサーチ費用の予算管理、リサーチのクオリティ管理、顧客への開示の徹底等)が厳格であり、結果として事務コストがかさむ可能性があることが理由として考えられる。

投資会社がいずれの方法を採用するかにかかわらず、リサーチを提供する証券会社がなすべきことは、自社のリサーチに売買の執行手数料から独立した値付けをすることである。このことは、欧州の証券市場に新たなビジネス・チャンスを生み出すものと考えられている。現に、リサーチの値付けを買って出る業者が現れ始めている。

ここまで記したことは、あくまでも欧州の話であり、日本国内でのみ活動する日本の投資会社や証券会社には直接の影響はない。もっとも、欧州域内で活動する日本の投資会社には、MiFID Ⅱが直接適用される。また、欧州の投資会社と取引をする日本の証券会社にも、間接的に「アンバンドリング」への協力が要請されることになる。さらには、欧州域内に顧客をもつ日本の投資会社にも、事実上、「アンバンドリング」が要請される可能性が高い。

同様のことは、米国の業者についても言いうる。先のアンケートによると、米国の回答者の43%が、ルール適用対象外ながら、MiFID Ⅱ対応を検討している。

日本では、証券会社のリサーチは売買取引に付随するサービスであり、タダであるという認識が根強い。日本の証券市場にMiFID Ⅱ版の「アンバンドリング」を導入するには、相当に慎重を期する必要があろう。

(※1)EU版の金融商品取引法である“MiFID(Markets In Financial Instruments Directive)”(2007年11月施行)の改訂版をいう。間接適用のDirective(MiFID Ⅱ)と直接適用のRegulation(MiFIR)の2部構成から成る。総称してMiFID Ⅱと呼ぶケースが大半である。
(※2)リサーチ費用のアンバンドリングの概要については、以下の大和総研レポートを参照されたい。
◆「リサーチ費用のアンバンドリング、CSAの流用可?」(鈴木利光)[2016年8月15日]
http://www.dir.co.jp/research/report/law-research/financial/20160815_011158.html
(※3)Greenwich Associates “MiFID II to Transform Investment Research Landscape”[2017年3月14日]参照
(※4)FT.com“Jupiter to stop charging clients for external research”[2017年2月24日]等参照

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ニューヨークリサーチセンター

主任研究員(NY駐在) 鈴木 利光