我が国における電気自動車(EV)の一層の普及に向けて

RSS

地球温暖化


最近の気候変動にはただならぬものがある。特に台風の発生数とその進路。筆者が子供のころは、台風は夏に多く発生し、かつ進路も南からまっすぐに北上して日本列島に接近、東北方向に北上していき最後に温帯低気圧になって消滅する、というパターンであった。最近は全く過去のパターンが当てはまらないし、夏の暑さも異常である。地球の温暖化進行がその原因であるとする説が一般的だ。


EV購入に向けて


もし地球環境問題に対する高い意識を持っていて、その意識が高まり電気自動車を購入したくなったら、何をしなければならないか。まずは自動車ディーラーへ行き話を聞き、電気自動車(以下、EV)に試乗することになるだろう。気に入れば具体的な商談が進み始める。次に検討する必要があるのは、EVを充電する場所と充電設備の確保についてである。街中での充電設備数は増加しているが、従来のガソリンスタンドに比べればまだまだ少ない(※1)。車は通常夜間には使用しないので、この間に自宅で充電できれば便利である。自宅で充電することを基礎充電と呼ぶが、これは充電インフラの基本となるものである(※2)


自宅での充電設備の確保


一戸建ての持家に住んでいるならば充電設備の設置は比較的容易なはずだ。基本的に自分自身の裁量で設置を決定できるためだ。電力関係の工事、電気容量の決定などは、自身と電力会社の間で解決できる。自己負担が発生するものの、それは自己裁量の範囲で解決すべきことだ。また課金についても特段の問題は生じないだろう。戸建住宅を賃貸している場合は、電気料金の支払ルート等につき調整が必要になるかもしれないが、これは賃貸契約上の問題としてオーナーとの交渉で解決できる。


共同住宅では利害関係者が多く調整が難しい


問題はマンションに居住している場合だ。新築マンションについてはディベロッパーが設計の時点で充電設備を組み込んでおけば問題ないのだが、既築マンションの場合そうはいかない。自己保有の場合でも既築マンションについては、建築構造上の問題から自身の決定のみで充電設備を確保できない障害に直面するケースも多い。


利害関係者


マンションなど共同住宅の場合は利害関係が複雑で、少なくともEVユーザー、マンション管理組合、マンション管理会社、電力供給会社の4者間での協議が必要となる。マンション管理組合はマンションの区分所有者の集合体で、個々の利害が絡むために合意形成が容易でない。特にEVを保有しない人にとっては、追加費用が発生するような工事に賛同しにくいのはある意味で当然だ。充電設備の設置には初期費用だけでなくランニング費用もかかってくる。これらすべての費用負担をどこに求めるのか、また課金方法をどうするか、その費用が負担可能な範囲なのかなど問題点は少なくない。


ほとんどすべてのEVユーザーは、自身の居住マンションの駐車場に充電設備の設置を希望している。マンション管理会社は業務委託者であるマンション管理組合の意向を尊重して行動するが、EVユーザーである居住者個人から充電設備の設置要求があると、組合と個人の板挟みという利害調整が難しいトラブルに直面する。電力供給会社は、電力容量や電源ケーブルの敷設に関する技術・工事施工面で利害関係を調整せねばならない。当然のことながら、以上すべての利害関係者が自己の利益の最大化に向かって行動すると、全体最適が得られない事態に陥りかねないため、関係者間で適切な調整が必要になってくる。ここでは、全体最適を得る観点からお互いが少しずつ譲り合うための適切な調整役が求められる。


強い行政指導を実施する中国の例


以上に対して、中国では同様の事例において政府の強い行政指導が実施されようとしている。具体的には、本年9月12日に「住宅区域での充電インフラ建設促進に関する通知」(※3)が、中国のEV充電器普及促進に関係する4省庁(国家発展改革委員会、国家エネルギー局、工業信息部、住宅都市農村建設部)の連名で、各地方政府、国家電網、南方電網、EV充電インフラ建設促進連盟に対して公表されている。これは中央政府から地方政府への事実上の命令であり、住宅地区の充電インフラ建設促進のために各関係者に対する指導を強めよということで、同通知に添付の「利害関係者4者間モデル契約」の奨励が謳われている。


通知の中で直接重要なのは、「4.マンション管理組合の合意形成への誘導」、「5.ディベロッパーなど財産権保有者の主体的行動への誘導(※4)」、「6.不動産管理会社の積極的行動の義務化(※5)」の3条項といえるが、特に「4.マンション管理組合の合意形成への誘導」は注目に値する。


この条項では通知に添付の「自家用住宅地充電インフラ建設管理モデル契約」に従い「マンション管理組合への指導、監督を強化し、当該管理組合が充電インフラの建設、改造に合意するように誘導すること」、更には「固定的駐車区画の所有者あるいは長期賃借人(期間一年以上)から充電インフラ建設の要求があった場合には、マンション管理組合あるいはその授権機関は原則同意の上、必要な協力を行わねばならない」とある。また「管理組合の賛同へ向けて誘導すること」や「管理組合は原則合意の上協力する義務があること」の二点を明確にしており、充電インフラ整備に対する中央政府の強い意識が読み取れる。


さすがに日本において同様のことを求めるのは政府の過剰介入と批判が出るのかもしれない。ただし、環境保護問題のように外部不経済が発生するような状況においては、全体最適をめざして協調をリードする政策が欠かせない。政府が関係者間の利害調整場面で今以上に旗振り役を果たすことは決しておかしな話ではない。EVの一層の普及を図るには、政府の積極的なリードで利害関係者がお互いに譲り合う機運を醸成することが不可欠だろう。


(※1)急速充電器は6,940箇所整備されている(GoGoEVウェブサイト(http://ev.gogo.gs/)より2016年10月13日時点)
(※2)自宅での充電を基礎充電、目的地へ行く途中での充電を経路充電、到達した目的地にて充電することを目的地充電と呼ぶ。基礎充電は自宅で行い充電時間に余裕があるので主に交流の普通充電器が用いられる。経路充電は従来車に対するガソリンスタンドの代替する機能であり短時間での充電が求められるので直流の急速充電器が用いられる。目的地充電は比較的時間に余裕があるので、普通充電器か急速充電器かの選択は設置者が費用対効果を考慮して適宜判断している。
(※3)通知の日付は2016年7月25日付。内容は11項目からなり、1.既存住宅地区での設備改造、2.新築住宅地区での設置の規範化、3.建設工事と既存都市開発計画との連携の強化、4.マンション管理組合の合意形成への誘導、5.ディベロッパーなど財産権保有者の主体的行動への誘導、6.不動産管理会社の積極的行動の義務化、7.ビジネスモデルの創造、8.充電責任保険への加入、9.住宅地区での充電設備の安全管理の強化、10.世論形成、11.モデル地域の展開に及んでいる。
(※4)「5.ディベロッパーなど財産権保有者の主体的行動への誘導」では地方政府はディベロッパーなど地権者に対して主体的に駐車場区画、用地を利用して充電インフラの建設と運営をさせるように誘導する、としている。
(※5)「6.不動産管理会社の積極的行動の義務化」では図面提供、現場探査、施工工事への積極的協力を義務化し、公共的充電インフラの建設、運営を奨励している。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス