アンコールワットに支えられるカンボジア観光業

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2012年の海外からカンボジアへの訪問者数が350万人を超えたことが観光相の発言によって明らかとなった。当初、観光省では330万人の来訪者を見込んでいたが、それを上回る数値であり、前年比で20%を超える増加率となる。


来訪者数の推移は好調を維持しているが、観光業にとっての長期的な課題としては「カンボジア=アンコールワット」という強い印象を「アンコールワットだけではないカンボジア」に展開することが挙げられよう。


1.経済全体への影響
カンボジアでの観光業は、農業、縫製業とともに同国の3大産業のひとつであり、国内外からの投資は、ホテル建設、リゾート開発などの案件が全体の5割以上の額を占めている(認可ベース)。


また、政府による観光業振興支援が継続的に行われており、SARSの影響が大きかった2003年を除いて、海外からの来訪者数が増加を続けている。来訪者数としてはASEAN域内国でも下位の水準ではあるものの、産業別GDPではホテル・レストラン業が4.8%を占めており、この割合はASEAN域内国ではタイ(4.9%)に次いで高い。


さらに、海外からの訪問者によってもたらされた国際観光収入は、2004年以降GDPの10%を超える額で推移。2011年の国際観光収入は19億ドルに達し、対GDP比率は14.9%であった。この国際観光収入の対GDP比率をASEAN域内国で比較すると、カンボジアが圧倒的に高い割合を示していることが判る。

図表 カンボジアの来訪者数と観光業収入の対GDP比率の推移、ASEAN域内国との比較
図表 カンボジアの来訪者数と観光業収入の対GDP比率の推移、ASEAN域内国との比較
(注)ミャンマー、ラオスは2010年、ブルネイは2009年の数値
(出所)Ministry of Tourism of Cambodia , World Tourism Organization , World Bank資料等より作成

2.来訪者増加への対応
国別の来訪者数(2011年)はベトナム、韓国、中国、日本、米国の順に多く、ラオス、フランス、タイと続く(ビジネス含む)。内、ベトナムからの来訪者は61万人を超え、全体の20%を超える割合であった。なお、日本からの来訪者は約16万人で、全体の6%弱。


来訪者の半数が空路を利用して入国しており、空港利用者の増加に伴い、首都プノンペン近郊の軍民共用空港を再開発する計画や、シェムリアップ州に第2空港を建設する計画が挙がっている。また、国際線の直行便就航誘致にもフンセン首相が自ら諸外国との交渉に出向くなど、さらに来訪者を増加させる活動にも積極的である。


陸路交通では、ホーチミン(ベトナム)、バンコク(タイ)の2都市とプノンペン、シェムリアップ両都市との間を直通で往復する長距離バスが運行している。これらのバスは国境を越える際も乗り換える必要がなく、空路に比べて運賃が安価であり、ベトナム、タイとの行き来がより身近となった。


3.今後の課題
課題としては、アンコールワット以外の観光名所の創出が挙げられる。一部報道では2012年のアンコールワット入場者は200万人を超え、2011年に比べて28%増加したことが伝えられた。


来訪者数自体は増加傾向が続いているものの、来訪者1人あたりの国際観光収入額は2009年以降減少に転じている。また、平均滞在日数も2004年以降横ばいで推移しており、カンボジアにアンコールワット以外の観光名所ができることで、来訪者の滞在日数の増加やそれに伴う国際観光業収入の増加を見込むこともできよう。

図表 来訪者平均滞在日数と1人あたり国際観光収入額の推移
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(出所)Ministry of Tourism of Cambodia資料より作成

カンボジアの観光地といえばアンコールワットをはじめとする遺跡群が最もポピュラーである。このヒンドゥー教寺院遺跡群は1992年12月にユネスコの世界文化遺産に登録され、人気の高い観光地である(なお、カンボジアの国教は仏教である)。この他では、タイとの国境付近に位置するコッコン州にはペアム・クラソップ自然公園等がある。水上コテージやカジノリゾート、サファリパークなどの観光開発も進んだこと、2003年にコッコン橋が開通してタイからの入国が容易となったことから欧米人の来訪が増え、26,000haにおよぶ広大なマングローブ森をはじめとした雄大な自然が観光資源として生かされている。


この他にも2008年に世界文化遺産に登録されたプレアビヒア寺院や、南部には白砂の海岸が続くビーチリゾート(シハヌークビル州沿岸部)があるが、これらについてはまだ十分な観光資源にはなっていない。シハヌークビルでは、政府が国際空港を再開発したものの、国際線の就航には至っていない。


プレアビヒア寺院はカンボジア北部、タイとの国境付近の山岳地にあり、カンボジアの広大な絶景を見下ろすこともできる景勝地でもある。しかし、寺院周辺エリアについてカンボジアとタイの両国が領有権を主張しており、2011年には銃撃戦に発展した。現在は軽火器を装備したカンボジアの警察官が警備にあたっている(領有権の帰属は国際司法裁判所に判断を委ねている)。アンコールワットのあるシェムリアップ州中心部から同寺院に向かうには250㎞の道のりだが、道中にある遺跡の訪問も併せて新たな観光ルートとして提案するためにも、周辺地区の治安正常化がカンボジアにとって重要な課題となっている。


これらの地域以外にも首都プノンペンをはじめ、新たな観光名所となりうる地域がカンボジアには点在している。観光業の動向が経済全体に大きな影響を与えているカンボジアにとって、新たな観光名所を創出し、「アンコールワットだけではないカンボジア」への展開は、成長著しい同国の経済をさらに後押しすることになるであろう。

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