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長年の実体験者が見てきた中国の春運事情

2012年1月13日

  • 大和総研(上海)諮詢有限公司 範 健美
春運、いわば中国の旧正月前後の帰省ラッシュとUターンラッシュのことであり、旧正月が中国で春節と呼ばれ、その期間の旅客運送を略して春運と称される。春運期間は通常40日間続き、旧正月の1日までの15日と1日からの25日とから構成される。先日、政府機関の発布した通知によると、今年の春運は1月8日から始まり、2月16日に終わる。春運で移動する人の流れは主に学生、出稼ぎ労働者および都市部定住者の地方への帰省者を含む。

過去のニュースを検索してみると、中国の春運はよく国内外のメディアに取り上げられ、散々報道されていた。中国に短期滞在していた日本人を含む外国人もブログなどで自分の目で見た春運の盛大なことを写真や文字を使って描写してきた。今年も運送能力と需要との間に大きなギャップがあり、予測では、鉄道だけでも、200万強のギャップがある。1枚のチケットを巡ってハードな戦いが展開されると予測するが、今回は、視点を変えて長年の実体験者として見てきた中国の春運について話してみる。

◆鉄道運送編◆

中国人の私が春運を初めて体験したのは14年前の大学1年の冬休みの時であった。大学の冬休みは大晦日より約10日間前から始まるため、ラッシュピークは避けられた。学校ではほぼ休みの1ヶ月前から各学部のチケット購入枚数をまとめ始めたが、先輩達の話を聞いて学校を通じたチケット購入をやめ、自分がチケット販売代理のところに行って購入することにした。何故なら、学校経由でチケットは確保できるが、ほとんどが各駅停車(俗にいうと、緑皮車)のチケットで、北京から上海までは当時速い列車でも14時間かかり、各駅停車だと、最低22時間かかった。当時のチケットは発車当日を含めて8日前から発売された。発売日になると、朝6時頃起きて、寮の警備員を起こしてドアを開けてもらい、学校の正門の近くにある小さな販売代理店に駆けつけ、列に並んだ。10人目だった。真冬の中で待っていた2時間の間に、人の列が徐々に長くなり、8時の発売時刻になると、延々と2、3キロも続いた。私は運よく、指定席のチケットを購入できた。乗車する北京駅が始発駅のため、乗る時は比較的楽だったが、さすが春運のため、通路には「無座(座席のない)」チケットしか購入できなかった乗客や荷物でいっぱいだったため、途中でトイレに行くのに大変苦労した。大学の4年間で実家に帰る時や学校に戻る時は共にラッシュのピークではなく、しかも始発駅だったため、窓から人が乗車したりすることは体験できなかったが、友達の中の1人は学校に戻る際の乗車駅が始発駅ではなく、しかも緑皮車だったため、窓から1回乗車したことがあったという。

2002年に就職してから、春運時に鉄道を利用するのは地方に住む義理の両親のところに帰る時しかない。その時になると、普段利用しているチケット屋のホットラインが繋がるのは殆どなかった。2004年の春運時は、夜中の4時に起きて家の近くにある体育館に駆けつけて寒い体育館の中で4時間ぐらい待ったことがあった。しかもその時は降りる駅までのチケットが売り切れていて、仕方なく余分のお金を出して1つ先の駅までのチケットを購入した。幸い、寝台車のチケットだった。通路には人や荷物がそれほど多くなかった。寝ている時に乗務員に起こされて夜中に目的地の駅で下車した。2007年の春運時は、鉄道の電気化改造のお蔭で、時速約200キロの動車組も利用できた。

また、2008年の春運時は、ダフ屋を通してチケットを購入した。自分が列に並んで数時間を待たなくて済む対価として、1枚140元ぐらいのチケットに40元の追加料金が取られた。ダフ屋が取る追加料金は人気路線かラッシュピークであるかによって異なってくる。春運時のダフ屋によるチケット転売を抑制するために、鉄道部は2012年の春運時の全てのチケットに対し実名登録制度を実施している。この制度の実施に伴って、ダフ屋の商売モデルが伝統的な転売から代理制に変わるのではと一般に推測されている。

来る2012年の春運時にも鉄道を利用しなければならないが、中国鉄路顧客サービスセンターのウェブサイトを通して乗車日から12日前(代理店など伝統ルートより2日前)からチケットを予約できるが、インターネット時代に生まれた当該サイトは昨年の春運時に稼働したばかりで、鉄道部のチケット予約ホットラインと同じように春運時のアクセス難が既に指摘されている。今年も1枚のチケットを巡る戦いが激しい。

◆道路運送編◆

実家が揚子江の向こう側にあり、鉄道が敷かれていないため、長距離バスを利用するしかない。大学時代は、上海の親戚に事前にバスのチケットを買ってもらったため、苦労せずに乗車できた。当初および就職後の最初の数年間は、バスが揚子江を渡る手段として利用できるのはフェリーしかなかった。フェリーで揚子江を渡る時間は通常45分だったが、春運時になると、フェリーに乗るまでの待ち時間が通常の何倍もあり、2時間以上だった。上海に戻る時も同じだった。バスに乗ったまま、揚子江を渡るのを待つ間に、バスの間を頻繁に往来する物売りやバスに乗車して気功を上演して生計をたてる人達の姿が良く目に入る。その中の多くがフェリーの渡航口の近くに住んでいる農民で、農業の傍らフェリーに依存して商売をやっているのだ。

江蘇省の蘇州市と南通市を結ぶ蘇通大橋の2008年の開通に恵まれ、2009年の春運時からはフェリーの渡航口で数時間待ったのが過去の歴史のようになった。時々、物売りのことを思い出す。彼らが新しい商売を無事見つけることができたのかと思いたくなる。

実家が県都から離れ、県内バスの運行が通常化される前までは、県都のバス発車ターミナルに行って乗車するのがやや不便なため、上海に戻る際は、何時も道端に立って啓東から走ってくる長距離バスを待つようにしていた。春運時の乗車は売り手市場であるため、値段は随分高くなり、普段40元の乗車代が60元~100元になる。残る席(通路に置かれる低い腰掛を含み、普通は10個ぐらいが置かれる。春運時の交通管理が厳しくなるため、それ以上は乗せられない)の数が減るのに伴い、席の値段が高くなってくる。幸い、私は今まで高くても60元までで、まだ納得できる値段だった。今は、県内バスの運行が通常化され、県都へのアクセスも便利になり、事前にターミナル駅のチケットを確保できれば、ターミナル駅を利用しての上海戻りも楽になる。

以上が私の春運実体験となる。この十数年の実体験を通して、帰省ラッシュを巡る春運経済はもちろん、中国の鉄道運送や道路運送が経済の発展やインフラの整備などに伴って段々良い方向に向かって改善してきていることも私は直感できた。

壮大さで国際的にも注目される中国春運の混雑状態は、西部大開発や東北振興など未発達地区の発展に伴い、出稼ぎ労働者が地元でも就業できるようになれば、やや改善されると信じる。だが、先進国にもまだある帰省ラッシュのように、農村から都市へ、地方から大都市への長年の人口移動の結果、中国における壮大な帰省ラッシュはまだまだ続くはずだ。そして国土が広く、人口も多いため、この帰省ラッシュは引き続き世間から注目され続けると思う。


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