アジア域内の資金フローと日本からの投資

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今回の世界的な金融危機を契機に、世界経済の潮流は先進諸国から新興諸国、特に新興アジア諸国経済へとシフトしている。今後アジア諸国のインフラ投資、環境保全・省エネ等のための資金需要や、民間企業による設備投資の資金需要は確実に高まっていくだろう。旺盛な資金需要に応えるためには、アジア各国とも過度に銀行に依存した金融システムを、よりバランスのとれた金融システムに変えていく必要があるだろう。1997 ~ 98年のアジア通貨危機の教訓から、アジア通貨建ての長期債市場の育成・発展の必要性が叫ばれているが、アジア域内の貯蓄がアジア域内に長期投資されていくような流れが徐々にではあるができつつある。本稿ではアジア域内のクロスボーダー証券投資の現状および日本の立ち位置を明らかにする。

図表 東アジアのクロスボーダー証券投資残高 2009年末(暫定値)(単位:百万ドル)

東アジアの証券投資の状況をIMFの証券投資残高調査(CPIS:Coordinated Portfolio Investment Survey)によれば、東アジア8カ国・地域(香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)の投資家による2009年末の域内クロスボーダー証券投資残高(長期債券と株式の合計)は、世界の東アジア向け投資残高の16%を占める。そのうち66%が長期債券投資である。ちなみに2001年末の世界残高比は9%,長期債券投資の割合は76%だった。一方、世界全体では、長期債の割合は01年55%,09年60%であり、東アジア地域の投資家の安全志向の強さがうかがえる。

東アジア域内8カ国・地域の長期債券投資に占める域内向けの割合は、01年3.4%,05年2.8%,08年3.8%,09年4.1%と徐々にではあるが、その比率は増加傾向を示している。この間、東アジア地域の債券市場の規模は国債を中心に急速に拡大しているが、その拡大テンポを僅かに上回って域内クロスボーダー投資は増加している。09年の世界全体の長期債券投資残高に占める東アジア向けの割合は2.3%である。

09年末の域内の長期債券の投資残高を国別にみると、シンガポール401億ドル(総投資残高に占める東アジア向け比率33.2%),香港335億ドル(同13.6%),日本212億ドル(同1.0%)、タイ89億ドル(同68.4%)。香港、シンガポールの存在の大きさは、アジアにおける国際金融センターとして、自国はもとより、欧米の資産運用の拠点としてのなせる技だろう。特にシンガポールはここ数年、国際金融機能の拡充策の一環として、資本規制を緩和し、外国の資産運用会社の誘致を積極的に行なっている。

09年末投資残高の前年比伸び率をみると、域内全体では26%の伸びだったが、タイ121%増、シンガポール44%増、マレーシア36.5%増となっている。日本の残高は前年比0.8%と僅かな伸びにとどまっている。01年から09年までの東アジア地域の域内クロスボーダー長期債券投資残高は393億ドルから1,083億ドルと2.76倍に増加している。その間の主な国・地域の動きは、香港146a335億ドル、シンガポール98a401億ドル、日本131a212億ドル、タイ0.6a89億ドル、マレーシア1.4a24.6億ドルという伸びである。特にタイは、韓国向けの債券投資が本格化し、僅か2年間で韓国向け投資残高は、09年末83億ドルと域内投資残高の93%を占めるに及んでいる。高利回りに魅力を感じた個人投資家の資金が、ファンドを通じて韓国債券に流れ込んだ結果である。中間所得層の資金の受け皿を提供した仲介機関の役割は大きい。

域内の資金の流入先として、01年から09年末までみると、中国(31→104億ドル)、韓国(98→427億ドル)、インド(5→94億ドル)への投資が目立っている。

ちなみに東アジア地域全体の株式投資残高は、01年末の379億ドルから09年末には3,204億ドル、8.5倍と著増している。域内諸国・地域のアジア域内向け投資比率は、01年末の10.6%から09年末には23.8%と域内関係度を高めている。

日本からの投資

日本から東アジアの域内長期債券投資残高は、09年末212億ドル、域内投資比率は1.0%。株式投資残高は480億ドル、域内投資比率は8.1%となっている。01年末の長期債券の域内投資残高は132億ドルで、この間投資残高は1.6倍の伸びを示している。01年の域内投資比率は1.3%。同じく01年末の株式投資残高83億ドル、域内投資比率は3.2%。一方、東アジア地域からの日本の長期債券投資受け入れ額は、09年末60億ドル、全体比2.8%、株式237億ドル、全体比3.2%となっている。長期債、株式ともに日本の市場規模に比べて相対的に低い比率である。

日本の投資家のクロスボーダー長期債券投資残高は、2,001年末1 兆49ドルから09年末2 兆 2,248 億ドルと2.21倍の規模になっている。その間最大の投資先である米国向けは34.6%から30.6%と比重はやや低下、東アジア地域向けは1.3%から1.0%と低水準のまま推移している。

世界の投資家による日本の長期債券投資残高は、2001年末1,693億ドルから09 年末2,166 億ドルと僅か28%の増加にとどまっている。一方、日本株への投資残高は6,261億ドルから7,306億ドルとこれまた僅か16.7%の増加にすぎない。これは、この間日本では超金融緩和期で長期金利も低い水準のまま推移したこと、株式市場も世界の主要市場に比べて、相対的に低迷し、投資家にとって投資魅力が小さかったことが要因と思われる。日本の長期債券への投資残高に占める東アジア地域からの投資比率は、01年末5.1%(87億ドル)から09年末2.8%(60億ドル)と低下している。域内諸国では韓国への投資が著増しており、韓国の東アジアからの投資依存度は44%と非常に高い。

東アジア域内各国のクロスボーダー長期債投資受け入れ残高に占める日本の比重、すなわち日本の貢献度をみると、2009 年末で0.2%~13.8%とばらつきがあるが、香港、シンガポール、タイは10%を超えている。地域全体でみると4.4%と株式の2.2%を上回る。09年末で米国12.4%、英国24.3% と東アジア地域にとって両国は大きな資金供給国である。日本向け投資分を除いてみると、それぞれ6.9%,18.2%という比率になる。

日本からの東アジア域内への証券投資は、域内の高い経済成長を取り込む形で、株式投資が順調に増えてきている。一方、域内の長期債券への投資は、日本の資産規模に比べて、その比率は小さい。日本の年金運用の運用スタンスは、保守的な運用に終始しており、この年金の投資スタンスに追随する投資主体は多い、機関投資家も社内の投資基準が厳しく、社内稟議が必要なため、リスクを積極的にとる投資はむずかしい。投資家と市場を仲介する機能を果たすべき証券会社等も東アジア地域への株式投資は活発に仲介しているものの、地域の債券投資への仲介機能は十分とはいえない。

これまで保守的な運用スタンスを取ってきた年金の運用姿勢も今後変わらざるを得まい。団塊の世代の公的年金受給が本格化する2012年以降、受給額は急速に増加する。運用成績を高めるため、多少リスクがあっても経済成長率の高い新興国企業の株式、相対的に高金利の新興国の債券に投資せざるを得なくなるだろう。最近、豪州、ブラジル、南アフリカ、韓国、インド、インドネシアといった諸国の債券で運用する投資信託が個人投資家の間で人気を呼んでいる一方、新興国の社債のみで運用する投資信託が登場するなど、個人投資家の間でリスク許容度が徐々に大きくなりつつある。年金の運用姿勢の変化に加え、これまで東アジア域内のクロスボーダー投資の障害となっていた諸要因が徐々に改善され、投資家のリスク許容度の拡大、その受け皿となるべく多様な商品の提供、仲介者たる証券会社等の体制強化、債券の発行体のより一層の情報開示等が実現すれば、日本からの東アジア地域へのクロスボーダー債券投資は、今後増加していくものと思われる。


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