6月の初旬、休暇を利用してはじめて上海万博へ行ってみた。会場では、まずは日本人として日本館を見学すべきとの思いから、行列に並ぶことにした。世界各国のパビリオンの中で日本館の人気は高い。筆者が訪れたのは平日だが、入館まで4時間待ちの大行列ができていた。炎天下でキュウリをかじりつつ、巧みに行列への割り込みを繰り返しながら、辛抱強く入館を待つ中国人たち。彼らの表情は、これから触れることになる「日本」への期待に満ち溢れているように見えた。


上海万博へは、上海市民はもとより様々な地方から数多くの中国人が訪れる。長時間にわたる移動を経て上海に辿り着いた彼らにとっては、一生に一度の、そしてたった1日の万博かもしれない貴重な体験となる。彼らの一般的な行動パターンは、開館時刻の9時頃に万博会場へ入場し、夕飯時には退出するというもので、会場内の滞在時間はおよそ10時間程度となる。一方、日本館を見るとなると、行列待ちに4時間、パビリオンの鑑賞に1時間、合計5時間を割く必要がある。つまり、一生にたった1日の貴重な万博体験の半分を、日本館のために費やす中国人が何と多いことか。


肝心の日本館の内容だが、日本人である筆者にとっては、普段から日本の新技術を見聞する機会が多いためか、「日常的な光景」の域を出るものとは感じられなかった。しかし、中国人にとっての日本館の評価は高いようだ。ネット上では日本館に関する書き込みが多数あり、そのほとんどが日本館への賛辞で占められているという。
このように万博という一大イベントでは象徴的だが、中国市民の日常生活に目を向けても「80后(80年代生まれ)」、「90后(90年代生まれ)」と呼ばれる中国の若者には、ドラマやJ-POPなどを通じて日本に親しむ者が非常に多い(ネット上では、無料で日本のテレビ番組を観賞でき、無料で音楽をダウンロードできる。本来は違法なのかもしれないが…)。
要するに中国人の日本に対する憧憬は確実に高まっている。実際に上海で暮らしていて、そう感じる場面が多い。


中国市場において、日本製品が思うようにシェアを伸ばせないという報道をよく耳にする。携帯電話などはその顕著な例であろう。一方で今年の旧正月頃、日本へ旅行した中国人が秋葉原で電化製品を百万円単位で買い込むニュースが報道されていた。筆者の知人(同僚の奥方:中国人)は、日本に旅行した際に色とりどりの携帯電話が店頭に陳列されているのを見て、「日本の携帯はこんなにきれいなの!買いたい!」と思ったそうだ。


何故であろう。何故、同じ日本製品であるのにもかかわらず、中国人は日本製品を、中国では買わず、日本では買うのか。何故、日本への憧れを持つ中国人が増えているというのに、日本製品が中国において思うように売上を伸ばせないのか。


ソリューションのキーワードは「非日常」にあると思う。


私たちは「非日常」に接したとき、よくおカネを使う。例えば、家電量販店で液晶大画面テレビを32万5千円で購入したとしよう。後になって、そこから歩いて15分の別の家電量販店で、同じものが32万4千円で買えたことが分かったとして、あなたは「千円損した」と感じるであろうか?おそらくそれほど感じない。そんなあなたも、家に帰ると、スーパーの折込みチラシを机に並べ、血眼になって「10円でも安いジャガイモはないか。10円でも安いニンジンはないか。」と、数時間もかけながら安い買い物の研究に余念がない。テレビ購入では15分でできた千円の節約に未練はないが、スーパーの買い物にはわずか数百円の節約に数時間も費やす。
ここで液晶テレビとジャガイモ・ニンジンの違いは何か。言うまでもなく、前者が5~10年に1度の「非日常」的イベントであるのに対し、後者は「日常」的イベントであるという点だ。我々は、「非日常」の場面に接したとき、金銭感覚のバーが上がりよくおカネを使う。これは、経済学的にはスッキリとした説明ができない現象かもしれないが、半面、人間生活の真理でもある。


秋葉原で大量の電化製品を買い込む中国人に、「ほぼ同じようなモノが上海でも買えるのに、何故、わざわざ日本で買うのか。」と聞いても、なかなかうまく答えられないであろう。日本の家電量販店独特の賑やかさ、つまり「非日常」に接して気分が高揚し、予算以上の買い物をしてしまったのだ。日本人だって、海外旅行に行けばついつい財布の紐が緩み、ブランドもののバックを買ってしまうではないか。
万博の一件で見られるような「中国人が日本に対して抱く憧れ」というものを、日本製品を中国で売る際に、もっと活かせないだろうか。つまり、中国人に中国にいながら日本を体験してもらい、ワクワクしてもらうようなシチュエーションを提供してみてはいかがだろうか。日本という「非日常」に接することができるような仕掛けを作れば、意外と売上増につながるのではなかろうか。


上海の店頭を眺めると、日本製品は、成績はいいが性格のおとなしい優等生のように、縮こまる形で陳列されていることが多い。その他の外国製品や中国製品の中に埋没してしまっていて、売り場から日本製品の躍動感が伝わってこない。
想像を膨らませると、いっそのこと日本企業大連合を結成し、上海の繁華街に10階建てくらいのビルを借り切り、「日本商品専門館」を立ち上げてみてはいかがであろう。2階から上は売り場で、1階はイベントスペースにする。そこでは、J-POPアーティストのミニライブをやってもいいし、日本の人気俳優のトークショーをやってもいい。あるいは、温泉体験入浴会、パウダースノーで作った雪だるまを展示して来場者にさわってもらう、お神輿と和太鼓で日本の祭を見せたり、盆栽を展示するなど日本を疑似体験してもらうことも一興かもしれない。無論、人気アニメのセル画展示、舞妓さんのイベントショー、寿司握り体験会、浴衣試着体験会、中国人と日本人での盆踊り大会などなど…つまり、憧れの日本=中国人にとっての「非日常」を演出し、楽しんでもらってはどうか。気分が高揚し、購買意欲はかなり高まるものと思われる。


「中国大市場に挑む」などという仰々しい見出しが、新聞・雑誌に躍っているが、それほど気張って考える必要はない。モノを買うというのは、そもそも楽しいことである。であるなら、モノを売る側の方こそ、もっと楽しむ姿勢が必要ではないか。

※本稿の液晶テレビとジャガイモ・ニンジンの例は、『経済は感情で動く』(マッテオ・モッテルリーニ著、紀伊国屋書店刊)を参考にした。

上海の地下鉄駅構内にある日本の携帯電話の広告

上海の地下鉄駅構内にある日本の携帯電話の広告
商品の色の豊富さ、花火などで、日本の携帯電話の「楽しさ」をうまく伝えている



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