一人っ子政策見直し議論に弾みをつける中国最新国勢調査(普査)

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2011年4月末、昨年来続けられていた中国第6次人口普査(日本の国勢調査にあたる)の結果が発表された(前回第5次普査は2000年に行われ、今回10年ぶりの調査)。2010年11月1日時点での人口状況を把握したものである。調査を主管した中国国家統計局によると、調査に要した経費は調査員の人件費、調査に必要な物件費、統計処理体制の整備費、各省・市・など地方政府が負担した経費も含め、総額で80億人民元(約1,000億円)、また、そもそも人口が膨大である上に、一人っ子政策の影響で生じた戸籍をもたない人口をできるだけ正確に把握するという点で、困難を極める作業であったとされている。

(人口普査結果の要点)

調査結果は、以下の6点に要約できる。
  1. 総人口は13.40億人で、前回調査(2000年)比7,390万人の増加(5.84%、年平均0.57%増)。1990-2000年の年平均伸び率は1.07%であったので、人口増加率の鈍化が顕著。
  2. 0-14歳人口の総人口に占める比率は16.60%で、2000年比6.29%ポイント低下。他方60歳以上人口の総人口に占める比率は13.26%で、2000年比2.93%ポイント上昇、65歳以上の比率は8.87%で、2000年比1.91%ポイント上昇。(国家統計局は、出生率が低水準で安定する中で、医療衛生保健などの面で改善があり、高齢化が進んでいると説明)
  3. 都市部の居住人口は6.65億人(総人口比49.68%)、農村部は6.74億人(50.32%)、2000年比、都市部が13.46%ポイント上昇。
  4. 家庭戸数は、31の省、自治区、直轄市も含めた全体で4億戸、家族人口は12.4億人、1家庭当り平均家族人数3.10人で、2000年の3.44人から縮小。低出生率、人口流動化、結婚後の子供の独立などから、家族規模は傾向的に縮小。
  5. 農村から都市部への人口移動を反映して、実際の居住地と戸籍登録地が異なる、あるいは戸籍登録地を離れて半年以上が経過する人口が2.61億人と、2000年(1.17億人)比81.03%の大幅増加。
  6. 出生人口男女比率は118.06:100で、2000年比男性が1.2%ポイント上昇、ただし2005年以降、インバランスは傾向的に縮小。ストックベースでの男女人口比率は106.74:100(2000年は105.2:100)。


(報道が特徴付ける普査結果のキーワード)

4月29日付光明日報は、国家統計局の発表の中で、「控制」、「提高」、「協調」の3つの単語が鍵だとする。それによれば、1979年計画生育政策(いわゆる一人っ子政策)導入以降、特にここ10年は、低出生率、低死亡率、低人口増加率が顕著で、過去の「高、低、高」パターンから「低、低、低」パターンに移行している、多くの先進国で50-100年かかったこうしたパターン変化を、中国は20-30年足らずで成し遂げたこと(控制)、人口10万人あたりの、大学教育、高等教育、中等教育を受けた人数は、各々、8,930人(2000年3,611人)、14,032人(同11,146人)、38,788人(同33,961人)と上昇する一方、初等教育しか受けていない人口は26,779人(同35,701人)と減少、また非識字率は4.08%と、2000年比2.64%ポイント低下し、人口の質が上がっていること(提高)、上記3.にも関連するが、発展の著しい東部の人口比率が2000年比2.41%ポイント上昇する一方、中部、西部、東北部は低下、なかでも西部の人口比率は1.11%と最も著しい低下で、これは経済の発展状況と人口流動化がうまくかみ合っていることを示している(協調)。この他、中国金融関係者からは、人口構成の変化が金融資本市場にも影響を与え得ることに注目し、過去10年、35-64歳の比較的リスク投資を好む高貯蓄層が資本市場の発達に寄与し、直接金融推進の原動力になったが(金融脱媒)、今後引退をひかえた55-64歳の層が急速に増加すると、この層は相対的にリスクを好まないので、その中でも債券市場に有利に働いてくるかもしれないとの見方も出ている。

(急速に進む高齢化への懸念)

上記光明日報は、人口政策の成果を強調する当局の発表に沿って、調査結果を肯定的に伝えているが、人民日報、中国新聞網を始めとしてその他報道の大半は、急速な高齢化の進展と将来の生産労働力の減少に警鐘を鳴らし、一人っ子政策を早急に見直すべきとする論調である。即ち、60歳以上、65歳以上の人口比率は何れも2000年比上昇し、2008年に国連が予測した数値をも上回っていること、特に人口密度の高い沿海部の高齢化が激しいこと、今回調査は、早晩、生産労働力が減少してくることを示しており、それは中国経済の持続的成長のネックになるとの主張である。これら報道では、人口問題専門家の見解も引用しつつ、特に以下のような点を強調している。

  1. すでに多くの専門家が、中国はすでにルイス転換点(易斯拐点)を迎えていると見ている。
  2. 国家計画生産委は一貫して、出生率は1.8程度と言ってきたが、今回の普査も含め各種調査を客観的に見ると、1996-2010年の実際の出生率は1.35程度とすでに相当低くなっている。
  3. 急激な都市化の進展や一人っ子政策など複数の要因が、人々の出産に対する観念を変え、多くの人々がすでにあまり子供を生みたがらなくなっている。
  4. 現行の人口政策が変わらない場合、高齢化と少子化が深刻な問題になってくる。2030年頃から、生産労働力は10年毎に1億人ずつ減少する。65歳以上の人口比率は2050年には約28%にまで上昇する。2000年には9.1人の労働者(18-64歳)が一人の65歳以上の高齢者を養っていたが、これが、2030年、2050年には、各々3.7人、2.1人の労働者が一人の高齢者を養うことになる。


(一人っ子政策見直し議論の加速、有力見直し案は?)

6次普査の結果は、筆者の知る限り、日本ではそれほど注目されていないようだ (※1)。また中国では、普査結果の発表直前、胡錦涛国家主席は、中央政治局の人口問題学習会議で、「現行の生育政策を堅持し、これを完善なものとし、低い生育水準で安定化させていく必要がある」と述べたと伝えられている(5月12日付中国新聞網)。しかし、すでにここ数年、中国国内で一人っ子政策を続けることの是非について多くの議論がなされ、また、農村、一部の省や市などで試行的に緩和措置が導入されている中で(夫婦の双方が一人っ子の場合や、一人目の子供が女児の場合に二人目を認めるなど)、今回調査結果が政策の見直し論議に与える影響は大きい。上述胡主席発言に対しても、「低い生育水準で安定化させると言うが、その低い水準というのはいかなる水準のことを指すのか」といった形で、その発言にチャレンジする論評すら見られる(上記中国新聞網)。種々見直し案が議論されているが、その中で、短期間で急激な人口増加が生じる危険性を回避しつつ、また現在の男女比率の不均衡を是正しながら、労働力減少や高齢化の進展を遅らせるひとつの有力な提言として、たとえば28歳以降一定の間隔を設けて、二人目を生むことを認める「晩育間隔」案がある。この案は、今回普査結果を踏まえて北京大学発展研究院の人口学者が主張しているほか(5月16日付第一財経日報評論)、12次5ヵ年計画策定に向けての国務院発展研究中心の中長期政策提言の中でも、同様に「軟着陸」案として提起されており(“2030的中国经济” 李善同 刘云中 经济”科学出版社 2011.1)、今後具体的に検討されてくるかもしれない。

歴史的、国際的にみると、人口問題と経済開発については、途上国の急激な人口増加が食糧危機、貧困をもたらしているとの認識を背景として、途上国での様々な人口抑制策が、提唱もしくは正当化されてきた。その後1990年代に入り、94年国連人口開発会議でのカイロ・コンセンサスを経て、リプロダクティブ・ライツ(※2)の概念が重視されるようになり、人為的な人口抑制策はむしろ問題であり、リプロダクティブ・ライツを確立することが、結果的に人口の急増を抑え、途上国における貧困問題や環境問題を改善していくことなるとの考え方が主流となった。中国は、人口増加が開発の妨げになるとの伝統的な考え方の下、1979年に一人っ子政策を導入したが、今や皮肉にも、その結果生じつつある急速な高齢化、生産労働力不足が、逆に持続的経済成長のネックになるおそれが出てきている。中国では、リプロダクティブ・ライツの観点からの議論は、おそらく人権問題につながりかねない微妙な面もあるのか、少なくとも表面的にはなお全く見当たらないが、こうした経済面からの人口政策の見直し機運は、今回の普査結果も契機として、今後益々高まることが予想される。

(※1)日本では、戸籍を持たない人口が約13百万人把握されたという点が、特に注目された。国家統計局によると、この大半は一人っ子政策に違反して生まれた子供(超生人員、一般に言われるところの‘黑孩子’)である。筆者は、当初、本当にその程度で済むのかという印象を持ったが、考えてみれば、これでも総人口の1%にあたり、ちょうど東京都ひとつ分の人口規模で無視しえない。今後、これをどのように社会に取り込んでいくのか、困難な問題があろうが、マクロ的に考えれば、1979年一人っ子政策導入以降に生まれた超生人員ということであれば、基本的に30歳以下の若年労働力であり、高齢化、生産労働力減少傾向を、若干なりとも遅らせる要因になるとの考え方もあり得る。

(※2)「性と生殖に関する権利」と訳される。国連人口基金(UNFPA)の定義によれば、あらゆる個人は、性と生殖に関しての権利を行使することができ、それには性と生殖に関する健康、結婚をするかどうか、家庭を持つかどうか、子供を生むか生まないか、何人の子供をどういったタイミングで生むか等について自律的に決定する権利、およびそのために必要な情報・手段へ自由にアクセスする権利が含まれる。


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