市場批判には説得力があるか?

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2012年08月13日

FTAやTPPに関する議論などでも見るように、好むか好まざるかは別にして、我々は世界規模で生じている市場化と向き合おうとしている。日本では「市場」というと拒否反応が多いが、最近では世界でもリーマン・ショックの経験から市場化に対する否定的な見方が強まっている。しかしこうした見方は、市場の持つデメリットが強調されすぎているきらいがある。


市場経済とは互いが欲しいと思うモノやサービスを交換し合うことで、より高い満足を得ようとする仕組みであり、そこに貨幣が介在すれば一層効率的な仕組みになる。市場化にはこうした取引があらゆる分野に広がって、人々の満足度を押し上げる効果がある。当然、その中には従来は市場で取引されてこなかった分野も含まれる。


例えば、これまで自前で料理をしなければいけなかったものが、外食や惣菜・レトルト食品で済ませられて時間と労力が節約できる(労働市場に出て所得を稼ぐこともできる)のも、家事労働が市場化された結果である。また、企業が製造を外部に委託して自社は研究開発に専念できるのも、生産工程が市場化された結果である。


確かに、昨今の反市場化の動きが示すように、市場化は経済社会に大きなダメージを与えてしまうこともある。例えば、取引者同士で情報が一方に偏ってしまう場合には、多くの情報を持っている人が自分に有利な行動を取ろうとする誘因が働く。このような状況下で市場化すれば、情報を多く持つ人へ富が偏在しかねない。また、あるとき人々の市場に対する信頼を損ねると、市場が一気に縮小し、その悪影響が他の市場へ伝播してしまう危険性もはらんでいる。リーマン・ショックはこれが実際に起こった例である。


しかし、我々が経済大国として豊かな生活を享受できるようになったのは、やはり市場化の結果でもあるのだ。上記のように情報が一方に偏ってしまう状況では、結果的に情報を多く持つ人にとっても市場取引のメリットが失われてしまう。そこで、情報を多く持つ人が積極的に取引相手に情報を開示することで、自分に有利な行動を取ろうとする行為を未然に防ぐような仕組みを作ることが必要である。例えば、インターネット・オークションでは、顔の見えない売り手が実際に取引した買い手からの事後評価を他の買い手に積極的に公開することで、インターネット取引で発生する情報の一方的な偏りを解消する工夫をしている。それにより、買い手だけでなく売り手も望む取引が可能になる。こうした人々のインセンティブを踏まえた制度設計が市場取引には必要となってくる。市場化は単なる自由放任ではないのだ。


最低限必要な規制は残しつつも、時代にそぐわなくなった不必要な規制は廃止し、人々の創意工夫を最大限に引き出せるような市場環境を作るべきである。それが、政府が目指すべき本来の成長戦略ではないか。今、我々は市場の持つ役割を真剣に考え直す時期に来ているように思う。

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溝端 幹雄
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 溝端 幹雄