消費税率引上げを抑制しつつ社会保障給付を引下げる道を進もう

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2012年01月30日

2012年の通常国会が始まり、政府・与党の「社会保障・税一体改革素案」(「素案」)についての本格的な討議が行われようとしている。

税・社会保障について、現状を認識すると、国の歳出に対して歳入が圧倒的に不足している。2012年度政府予算案の基礎的財政収支(※1)は、東日本大震災の復興関連費用を除いたベースで、22.3兆円の赤字である。そして、国の歳出のうちの最大の費目は社会保障関連支出となっている(※2)

現在の社会保障のシステムは、借金の上に成り立っているため、「低負担・中福祉」が実現できている。しかし、いつまでも借金を増やすわけにはいかない。放漫な財政を続け、国債が信頼を失い金利が急騰すれば、日本の経済・社会は混乱に陥る。これを回避するには、財政を均衡させる道筋を示さなければならない。

「社会保障と税の一体改革」と言うと、税が上がる分だけ受けられる社会保障給付は高まるような感覚を持つかもしれない。けれども、実態はそれほど甘くはない。財政を持続させるには、(1)税を引上げずに社会保障給付を大幅に引下げるのか、(2)税の引上げを抑制しつつ社会保障給付を小幅に引下げるのか、(3)税を大幅に引上げつつ社会保障給付を小幅に引上げるのか、といった厳しい選択肢に限られてしまう。

「素案」で提示されている案は、消費税率を5%引上げて、その際には、社会保障費の歳出(および社会保障費以外の歳出)を消費税率2%分増やすとしている(※3)ので、上記の(1)~(3)のうち(3)を提示したものと評価できる。

この「素案」実施を考慮した内閣府の試算では、2016年度時点(消費税引上げ効果が通年化するのは2016年度である)の基礎的財政収支の赤字は13.5~16.6兆円程度残るものとされている(※4)。基礎的財政収支を均衡させるには、さらに消費税率6%分程度の増税(消費税率を16%程度とすること)が必要という計算になる。

もっとも、消費税率を10%から引上げる際にも、素案に示された方向と同じような社会保障費などの歳出増を行うとすると、基礎的財政収支を均衡させるには消費税率16%程度でも足りないことになる。

「素案」に示された、消費税率2%分の社会保障費の歳出増を行わないとすれば、2016年度時点で、消費税率14%程度で基礎的財政収支が均衡する。社会保障給付の水準を引下げるならば、消費税率12%程度で基礎的財政収支を均衡させることも可能であろう(※5)

現在の社会保障給付内容を眺めると、「無駄」とまでは言わないが、寛大すぎる給付が行われている面があるように思う。一例を挙げると、2004年の年金改革で行うとされた、「マクロ経済スライド」の実施による実質的な年金給付の縮減は未だ実施されておらず、現在の高齢者には当時の想定より5.8%多い年金が支給されている(※6)。「素案」では、そのうち2.5%分については2012年度から3年かけて段階的に縮減する方針が示されているが、その後のスケジュールは示されていない。

目指すべき社会保障制度を見据えて、消費税率の引上げを考えていかなければならない。税の引上げを抑制しつつ社会保障給付を小幅に引下げる(2)の道を選ぶのか、(3)税を大幅に引上げつつ社会保障給付を小幅に引上げる(3)の道を選ぶのか。筆者は、(2)の道こそが、日本が進むべき道のように思う。

(※1)「公債発行額を除いた歳入」から「公債費を除いた歳出」を差し引いた金額。基礎的財政収支が均衡していれば、名目GDP成長率と公債利子率が同じという条件の下で、名目GDP比の累積債務が維持される(もっとも、名目GDP成長率よりも公債利子率の方が高くなる可能性もあり、基礎的財政収支はある程度黒字にしなければ、財政は安定化できないという説もある)。
(※2)2012年度政府予算案の基礎的財政収支対象経費(国債費を除いた一般会計歳出)68.4兆円のうち、最大の項目は「社会保障関係費」(26.4兆円)であり、「地方交付税交付金等」(16.6兆円)、「文教及び科学振興費」(5.4兆円)と続く。
(※3)厳密には、「素案」には消費税率引上げ時に歳出の総額をどう変えるかについては記載されていない。2011年6月30日発表の「社会保障・税一体改革成案」(「成案」)に記載の時点では、消費税率5%引上げ時には、社会保障給付の実質的な引上げに消費税率1%分を、消費税率引上げに伴う社会保障給付増(消費税率が上がり物価が上昇した分だけ、年金・医療・介護等の給付を増加させること)および社会保障以外の政府調達などの歳出増(消費税率が上がり物価が上昇した分だけ予算を増額すること)に消費税率1%分を充てるとしていた。その後、政府内で消費税収の使い道について説明の方法を変えたと2012年1月20日付朝日新聞朝刊7面などで報道されているが、消費税率引上げ時に歳出の総額をどう変えるかという方針は「成案」の当時から変わっていない模様である。
(※4)2012年1月24日、内閣府発表「経済財政の中長期試算」。東日本大震災の復旧・復興対策の経費および財源の金額を除いたベース。
(※5)やや極端な例ではあるが、社会保障費を20%削減すると、消費税率2%分程度、基礎的財政収支が改善する。この場合でも、基礎的財政収支を均衡させるには消費税率を12%程度とする必要がある。「(1)税を引上げずに社会保障給付を大幅に引下げる」道も理論上はありうるが、この場合は社会保障費をほぼゼロ(全額社会保険料や患者自己負担等で賄う)にしなければならず非現実的である。
(※6)2.5%は、「物価スライドを正確に適用した場合の支給額」と現在の支給額の差である(過去に物価が下がっても年金支給額を引下げなかったために多く支給されている分である)。5.8%は、2004年の年金改正法が想定したとおり、「マクロ経済スライドによる実質的な年金給付の引下げ」(実際には、物価が一定水準以上になり、かつ毎年一定率以上上昇し続けないと実施できず、これまで一度も実施されていない)が行えたと仮定した場合の支給額と現在の支給額の差である。詳しくは、是枝俊悟「政府・与党の社会保障と税の一体改革成案の分析」(2011年7月5日発表)を参照。

参考レポート
鈴木準・原田泰「財政を維持するには社会保障の抑制が必要」(2010年12月29日発表)
是枝俊悟「政府・与党の社会保障と税の一体改革成案の分析」(2011年7月5日発表)

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是枝 俊悟
執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 是枝 俊悟