ユーロ危機からの脱出の手がかりの一考察

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2012年01月10日

  • 島津 洋隆
ユーロ危機については、国債の金利の上昇、PIIGS諸国の財政赤字や国債のデフォルト問題、更にはユーロ圏外の他の地域への影響について焦点が当てられてきた。だが、ユーロ危機がマクロ経済学の観点からみるとどのようなことがいえるのかという議論についてはあまり見受けられない。今回は経済学的な観点からみた、ユーロ圏の評価と、ユーロ危機の脱出の歴史の教訓から得られる手がかりを考えてみたい。

まず、今日までのユーロ圏の評価について、マクロ経済学の観点からみたい。

ロバート・マンデル教授の最適通貨圏理論(※1)によると、国際貿易および生産要素移動によって密接に結びついている地域にとっては固定為替レートが最適であるとしている。裏を返せば、国際貿易および生産要素移動によって密接に結びついていなければ、固定為替制度つまり単一通貨圏を形成することは不適切であるといえる。マンデル教授に関連し、ポール・クルーグマン教授は欧州共同体が最適通貨圏の結成のための基準(例えば労働者の移動の自由(※2))を全部満たしていないようであると述べており、欧州共通通貨圏の不完全性を予見していた(※3)

では、ユーロ危機からの脱出の手がかりとは何であろうか。それは、米国における独立戦争直後のアレクサンダー・ハミルトン(1755-1804)の財政政策にヒントがあるといわれている。当時米国の各州政府は独立戦争戦費等により多額の財政赤字を抱えていた。1790年、当時の財務長官であったハミルトンが各州の戦債を引き受け、米国の未払い債務を全て借り換えるために新しい返済計画と金利を定めることを呼びかけた。一方で、多くのアメリカ人たちは債務履行に消極的であった。なぜならば、債務履行には増税が必要とされ、国民にとっては受け入れがたいものである。そこでハミルトンは債務履行を回避しようとする時間非整合性に対して、国家が債務履行のルールをコミットメントさせる必要性を説き、財政赤字の解消への道筋をつけたことに貢献したといわれている。

だが、今日のユーロ圏において財政統合を行うには、条約の改正が必要となる。また、条約の改正後の、各国の批准も大きな困難を伴うに違いない。だが、欧州には時間が残されていない。米国の独立戦争直後の先例を教訓とし、更なる危機を防ぐことが必要に迫られるであろう。

一方で、ECBの金融政策は依然として金縛り状況であるとみられる。なぜならば、ECBには、日本、米国、英国の中央銀行が備えている「最後の貸し手」(Lender of Last Resort)の機能がないのである。「最後の貸し手」機能がないということは、システミックリスク に対して中央銀行が対処できず、危機を増幅しかねない可能性が高い。だが、ECBに「最後の貸し手」の機能を付与することは、先述の財政統合と同じく条約の改正が必要とされ、時間がかかるものと考えられる。

2009年5月にECBはリーマンショックに伴う危機に対処するために、カバード・ボンド をオペレーションの手段として用いることとし、流動性供給の余地を拡大した。危機からの脱出は時間がかかると考えられるが、金融政策において着実に取りうる手段を地道に継続することが重要であると考える。

最後に、筆者はわが国がアジア共通通貨圏に加盟することは反対する立場である。なぜならば、マンデル教授の最適通貨理論からすると、アジアの国際貿易および生産要素移動によって密接に結びついている地域ではないし、将来的にも密接とはならないと考えていることを付言しておきたい。

(※1)“The Theory of Optimum Currency Areas,” (American Economic Review 51 September 1961), pp.717-725
(※2)2011年4月30日、ドイツとオーストリアが中・東欧8か国に対する就労規制を撤廃したことを受けて、ルーマニアとブルガリアを除くEU25か国内の「労働者の自由移動」がようやく完成した。しかし、EU25か国のうち10か国がルーマニアとブルガリアの2か国に対する就労規制を維持しており、最長で2013年末まで継続される見込み。
(※3)“International Economics Theory and Policy 3th Edition” (Paul R. Krugman & Maurice Obstfeld 1988)

(参考文献)
○“International Economics Theory and Policy 9th Edition”(Paul R. Krugman & Maurice Obstfeld 2010)
○“One nation overdrawn Lessons for Europe from America’s history” (Economist December 17th 2011)
○“Macroeconomics 3rd Edition” (N. Gregory Mankiw, 1996)
○「現代の金融政策 理論と実践」(白川方明 2008 日本経済新聞社)

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