2012年に向けての人民元相場-双方向への変動拡大と上昇ペースの鈍化か

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2011年12月01日

  • 金森 俊樹
欧州債務危機が混迷を深め、中国経済への影響もやや見え始めた10月以降、中国の市場関係者や研究者の間でも、2005年のバスケット移行後6年間ですでに約30%上昇した人民元相場に対し、上昇の余地は小さくなってきており、当面の均衡水準を迎えつつあるとの‘弱気’の見方(‘看空人民幣’)が強まってきている(11月1日付中国証券報、8日亜太外?網、21日付経済参考報等)。実際、これまでスポットレートより高めに推移してきた人民元のNDFレート(現物受渡しを伴わない先物レート)のスポットレート(CNYスポット)に対するプレミアム幅が縮小し、スポットレートと逆転する状況も見られる(※1)。また、筆者が接触した何人かの中国の大学・研究機関の学者らによると、当局も、最近の国内経済情勢の変化に加え、現在の相場水準では多くの価格が欧米よりもすでに高くなっており、購買力平価(PPP)から見ても、相場はむしろ切り下げられるべきとの認識を持ち始めているようだ。

2010年12月1日の本コラム「人民元相場の行方」では、バスケット移行後の相場を見ると、中国が「漸進的」と言っている場合の切り上げペースとしておよそ年5-6%程度が念頭にある模様で、ひとつの可能性として、2011年末までに1米ドル6.2元前後まで相場が上昇することが考え得るとした。2011年10月末から11月中頃にかけての相場は6.32元前後と年初来約4.7%の上昇となっており、結果的には想定に近い動きとなっている。それでは現時点において、2012年にかけての相場の動きを見通す上で、どういった点に留意すべきか。

まず人民元をめぐる外部環境であるが、11月初に仏カンヌで開催されたG20において、「経常黒字の大きな国は為替相場の柔軟性拡大と内需を増加させる改革を進める」こととされ、「通貨の切り下げ競争を避けるため、市場で決定される為替システムに速やかに移行する」とされた。人民元が念頭にあることは明らかである。(もっともこのG20はギリシャ問題に振り回され、為替も含めその他の問題で突っ込んだ議論が行われたようには思えない。)その後11月中旬にハワイで開催されたAPECの財務相会合でも、黒字国は為替相場の柔軟性を高めていくとされ、また人民銀行との会談後、IMF専務理事は、「中国は来年以降も人民元相場を上げていくだろう」と発言している。米国では10月に上院が「通貨操作国」と見なされる国に対して、為替が人為的に安くなっていると見なされる分に相当する報復関税を課すとする法案を可決し、米中の人民元相場をめぐる摩擦が、少なくとも表面的には再燃する格好となった。中国の貿易黒字は、2011年第1四半期、2004年以来四半期ベースで初めて赤字となったが、その後第2四半期467億ドル、第3四半期638億ドルの黒字を記録しており、中国が引き続きグローバル・インバランスの黒字側の主たるプレーヤーであることには変わりない。このような外部環境と中国の対外不均衡を前提とすると、基本的に人民元相場を徐々に切り上げていく中国当局のスタンスに、なお大きな変化は生じないだろう。(ただ当面、中国当局が相場を完全に市場に委ねる選択をすることを予想する向きは、中国の市場関係者・研究者の間でもほとんどない。)

ただし、これまで中国当局が念頭に置いていたと思われる年5-6%程度の切り上げペースは、次のような要因から、たとえば2-3%というように下がってくる可能性が高い(あるいは、すでに当局の相場感は下がっている)。第一に、2011年の中国の貿易黒字はおそらく2010年から縮小する見込みであり、経済成長への外需の寄与度も2011年に入り下がってきている(1-10月の貿易黒字実績は1,240億ドル対前年比15.4%減、また人民銀行貨幣政策委員の東アジアサミット時の発言によると、年間でも1,500億ドルと3年続けて前年比マイナスになる見込み)。第二に、欧州債務危機の深刻化から通貨面でも世界的にリスク回避の傾向が強まり、ブラジルやロシア等他の新興国ほどではないものの、中国も影響を受け、外貨準備高が9月には若干減少するなど、多少の資本流出が生じているとも見られること、第三に、欧米経済を中心に世界経済の不透明感が一層増し、中国経済自体もその影響を受けてスローダウン、他方でこれまで悩まされてきた国内インフレ圧力が軽減しつつあり、むしろ過度の景気減速の方が懸念される事態となってきていることだ。こうした経済諸条件の変化は、中国が切り上げペースをより緩やかにすることを、対内的にも対外的にも正当化するものになってこよう。さらに、従来の1日の±0.5%の変動範囲がたとえば±1%に拡大され、短期的な変動がより大きくなる可能性があり、それによって、必ずしも一方的な上昇方向ではなく、上昇・下落の双方向に相場をより柔軟に変動させていくことになるのではないか。人民元相場を切り下げるとしても、双方向へのより大きな変動は、中国からすれば、米国等先進国側が理屈からは反論し難いことを踏まえた上で、「市場の状況に応じて人民元相場より柔軟にした」と主張することができる。

以上を踏まえ大胆に予測すると、当面従来以上に大幅な双方向への変動を伴いつつ、趨勢的にはなお上昇(ただし、従来よりさらに緩やかなペース)、当面、市場および当局が意識する水準は1米ドル6.30元で、2012年のどこかの時点でこの水準を割り込む上昇局面があり得るという展開か。こうした「双方波動、小幅昇値」については、11月15日、台北で開催された人民元についてのメインランドと台湾の研究者によるセミナーでも、キーワードのひとつとして議論された模様であり、また17日、北京で開催された対外経済貿易大学主催「人民元改革の行方」に関するシンポジウムでも、同大学金融研究所長が、人民元相場上昇のメリットを強調しつつ、「これまでの大幅な上昇の後、上昇期待は小さくなくなってきているが、なお存在しており、現状の小幅な過少評価が経済のファンダメンタルズから修正されていくことは適切」との見通しを表明する(17日付第一財経日報評論)など、中国国内の研究者の間でも、そうした可能性が言及され始めている。ただし人民元相場は、経済的諸条件を勘案しつつも、なお最終的には政治的に決められる管理相場であり、経済・政治両面で大きな不確実性を伴うことには、常に留意する必要がある。

(※1)ブルームバーグ報道を基にすると、1年物NDFの対米ドルレートは、おおむね、2011年7月6.37-6.40元(CNYスポットは月平均6.46元)、8月6.27-6.40(同6.41)、9月6.27-6.40(同6.38)、10月6.37-6.40、11月は6.32-6.39とNDFのCNYスポットに対するプレミアム幅が縮小し、9月頃からしばしば相場が逆転している。また昨年来、CNYスポットとほぼ同じ動きをしていたオフショア人民元相場(CNHスポット)も、9月頃からCNYとの乖離が大きくなり、弱含んでいる(ただし直近、G20,APEC会合を経て、乖離幅はやや縮小傾向)。

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