腑に落ちない財政論議

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2011年09月08日

  • 調査本部 常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準
日本の政府債務残高GDP比は先進国で最も高く、財政の健全化が必要である。日本の財政は日々の収支バランスを崩してしまっており、野田佳彦首相には正しい増税と歳出削減をうまく実施していただきたい。ただし、財政健全化の目的は人々の幸福度を高め、企業活動が活性化することである。収支の帳尻合わせでは意味がない。

収支尻合わせもそうだが、腑に落ちない財政論議は少なくない。例えば、「国と地方の負債が、家計金融資産を超えたら大変だ」という。日銀の資金循環統計によれば、10年度末で前者は1045兆円、後者は1476兆円である。だが、家計金融資産と政府債務の残高の比較にどういう意味があるのか、私にはよく分からない。高齢化で貯蓄が減っていくとして、それが財政上大問題になるなら、国債金利はすでに上昇しているはずだ。

国債の多くは、結果的に国内の民間金融機関が保有している。金融機関には与信機能があり、家計や事業会社と違ってマネーストックを減らさずに国債購入(政府への信用供与)ができる。政府は国債で調達した資金を民間に支出するから、仕上がりとしては経済全体の金融資産と負債が増える。現在、世界中で財政が大問題だが、これは民間資産と政府債務が両建てで膨張したことの後始末問題だろう。その意味では「国債は政府の借金だが、国民の資産でもある」という話も合点がいかない。

「経常黒字の日本は国債を国内消化できているが、経常赤字化したらできなくなる」という議論もある。しかし、収支尻としての経常黒字は、資金の国外への純流出を意味しているに過ぎない。国債市場は内外で分断されているわけではなく、国内と世界の投資家は様々な見通しとリスクを評価して有利と考える資産を選択している。海外投資家はいつでも日本国債を空売りできるし、国内投資家は日本の財政赤字に嫌々つき合っているわけではない。経常収支の状況と国債が誰によって保有されるかは、別の問題ではないか。

経常黒字だから何とかなっているという議論の組立てが、そもそもの疑点である。日本は、民間支出(民間需要)の弱さと民間貯蓄(需要にマッチしていない供給力)の大きさに苦しんでおり、その症状を違う面からみたのが経常黒字と財政赤字だろう。全体として資金が余っているなら、民間投資促進政策による構造転換で経常黒字がもっと小さい経済の均衡があってよいし、反対に、円安ともっと大きな経常黒字(大規模な対外投資)という均衡があってもよい。現在の経常黒字をあたかも是とし、経済活力の低迷と道半ばのグローバル化を放置したままでは、財政健全化は実現できないだろう。

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鈴木 準
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