「現行国際通貨体制は過去の遺物」報道から見る中国の真意

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2011年01月21日

  • 金森 俊樹
1月の中国胡錦涛国家主席の訪米、中米首脳会談は、北朝鮮をめぐる地域安全保障や人権等の面で、双方の主張は平行線を辿り、具体的な合意というものはなかったようである。焦点であった人民元問題では、米側は、「人民元の切り上げを加速させる」ことを求めたのに対し、中国側からはとくに具体的な言及はなかったとされる。これは、中国内の対米強硬勢力と、米国内の対中強硬勢力の双方に配慮し、具体的なことは発言しないのが得策と判断したためであろうが、実際には、中国国内で構造的にインフレ圧力が高まっており、国内安定確保の観点から、中国も、ある程度、人民元相場の切り上げ加速はやむなしと考えているとも思われる。そうであるとすると、この問題は今後、巷間言われるほど、中米間で大きな争点になってこなくなるかもしれない。

ところで、人民元にからんでは、この首脳会談直前、胡主席がウォール・ストリート・ジャーナル等の米紙に書面で回答した記事が掲載され、日本でもそれが引用される形で注目を集めた。日本の報道では、とくに胡主席が、現在のドル機軸の国際通貨体制を「過去の遺物」と断じたと紹介され、中国もそこまで踏み込んだ発言をすることとなったかと、筆者も少なからず驚いたところである。しかし、元の英文を見てみると、英のファイナンシャル・タイムズ紙も含め、該当部分は「product of the past」となっており、少なくとも「過去の産物」とすべきものであることがわかった(実際、その後、一部日本のメディアは、そのように引用するようになった)。さらに、念のため、中国語はどうなっているのかを調べたところ、人民日報中国語版が1月17日付で、胡主席の書面内容をほぼそのまま紹介する形で、本件を報道している。該当部分の原文を、少し長いが引用すると、

现行国际货币体系是历史形成的。美元是主要国际储备货币,全球相当多大宗商品交易都使用美元,投资和金融市场交易也大多使用美元。因此,美国货币政策会对全球流动性和资本流动产生重要影响,应该保持美元流动性的合理稳定。
但如果要实现人民币国际化将需要一个较长的历史过程。(人民日報1月17日、太字筆者)

これによると、「現行国際通貨体制は歴史的に形成されたものであり、-中略-米国の貨幣政策は世界の流動性や資本移動に重大な影響を与えるので、米ドルの流動性を合理的で穏当な水準に保つべきである。しかし、もし人民元の国際化の実現が将来必要になるとしても、それにはかなり長い歴史的時間がかかる。」ということになる。結局、この文脈では、米国の行き過ぎた金融緩和策、それによる中国をはじめとする新興国へのドル流入が、現在の新興国でのインフレなどの問題を起こしている元凶であるとする、中国の従来の主張を繰り返したもので、必ずしもドル機軸体制そのものを、すでに時代にそぐわなくなっているとして、捨て去るべきとまで言っているわけではないことがわかる。その意味で、今回発言で、中国が現行のドル機軸体制に代わる新たな国際通貨体制構築の腹案がすでにあり、それに備えて人民元の国際化を急いで進めているとまで考えるのは、現時点では時期尚早だろう。

他方、こうした日本や欧米での報道に対し、中国側が、そうした趣旨ではないと反論あるいは訂正したということも聞かない。そうであるとすると、本音ベースでは、現行体制は確かに問題で、早急にこれに代わる通貨体制を模索すべきと考えているのかもしれず、少なくとも、中国がそのように考えて人民元の国際化を進めていると対外的に思われても、中国としてなんら不都合はないと考えているという可能性もある。そもそも、米紙に掲載された英文は、中国側が用意したものなのか、あるいは米紙が翻訳したものなのかも定かでないが、仮に中国側が用意したものとすれば、こうした齟齬は意図的なのか、そうとすればいかなる意図ということになるのか、やはり疑問が残る。米紙が翻訳したものとすれば、筆者が見つけられなかった、英文に正確に対応する中文テキストがあるのか、できるだけセンセーショナルにしたかったということか、よくわからない。

複数言語がからむと、なかなかやっかいであり、意図するかしないかに関わらず、伝達に不正確さが生じ、また誤解も生まれやすくなるので、常に注意していく必要がある。他方、かえって、いろいろ関係者の意図や戦略といったものが、見えてくる場合もあるので面白い。

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