貧しい大国、豊かな小国、日本の戦略

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2005年06月27日

  • 児玉 卓

旧聞に属するが、03年の秋に、ある米国投資銀行がBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)経済の長期展望を行い、その強気な予測が話題になったことがある。それによれば、中国のGDPは2016年に日本を抜き、2041年に米国を上回る。日本のGDPは2032年にはインドにも抜かれ、2050年時点ではブラジル、ロシアに肉薄される。

もちろん、これは一つの予測に過ぎない。何しろ50年も先のことなのだから、世界の成長センターがアフリカであっても不思議ではないし、幾つかの国は水没しているかもしれない。国民国家という概念が続いているかさえ不確かである。

とはいえ現在の与件から出発すれば、後発の利益などからBRICsの潜在力を強調することは的確であろうし、この手の予想は既に共通認識に近いものになっている。

程度の差はあれ、物事がこうした方向に進むとすると、それは「経済大国=豊かな国」という図式が崩れるということである。現在は米国、日本、EU主要国が経済大国であり、豊かな(一人当たり所得の高い)国である。もちろん、スイス、シンガポールなどの例外はあるが、これからは逆の例外、中国、インドという「貧しい大国」が登場する。一方で、現在の経済大国が、相対的に豊かなままで小国化する。その代表が日本である。

これは国際政治経済における国家の地位を複雑化し、時に不安定化の要因となろう。サミットなどの政策調整機能の形骸化に拍車がかかる。国際機関の意見調整は一段と混迷を深め、権威を喪失する。貿易交渉の主舞台がWTOからFTAへ移行している背景にはかなり強力な歴史的必然があり、逆転の試みが奏効する望みは薄い。

また、貧しい大国は、政治的発言力を強める一方で、環境対策等の地球規模の問題への貢献においては、一途上国として、豊かな国の責任を強調するかもしれない。小国化する豊かな国は、発言力の維持に腐心するだろう。そうした焦燥が近隣諸国との統合を後押しすることになるかもしれない。

問題は日本である。どのような選択がありえるか。まず、小国化を前提とし、その中で豊かさを守ることを目指す。国際政治における発言力の低下は容認せざるを得ない。しかし、この戦略にはより深刻な弱点がある。それは、豊かな大国から豊かな小国の先に、貧しい小国が待ち構えているリスクはないかということである。例えば、縮小する消費マーケットが、新たな外国資本を呼び込むことは考え難い。その結果、産業の新陳代謝が進まず、生産性向上が停滞すれば、一人当たり所得は高まらない。

第二の選択肢が、いわゆる、東アジア共同体的な地域統合である。東アジアの世界における地位が中長期的に高まるという前提の下に、共同体の中での発言力を確保し、間接的に世界政治・経済の中でのプレゼンスを維持しようという戦略である。しかし、経済的にはデファクトとして統合は進んでおり、改めて共同体を形成することが資源配分の効率化を一段と進めるかは不確かである。そして問題は、共同体の形成には多大な政治的労力を要することである。国内向け政策がその犠牲となることが適切かの判断には慎重でなければならないだろう。しかも日本にとっての結末が、世界の中の小国から、共同体の中の小国に変わるに過ぎないのであれば意味はないし、その可能性が低いとはいえない。

もちろん、経済面での地域統合を政策的に後押しすることには意味があろう。ただし、それは共同体形成の前提としてではなく、日本の小国化を食い止める戦略として位置付けられるべきである。日本がまずもって目指すべきは、経済大国としての地位を失わないことである。

従って、最大の政策課題は人口減少への対処である。出生率引き上げの試みも重要だが、効果は不確かで限界的である。となれば、残るのは移民の受け入れ以外にはない。専門職等の選択的受け入れではなく、チープレーバーを大胆に広く受け入れることこそ望ましい。

それは当面一人当たり所得を低下させようが、パイの拡大を優先するのである。所得格差の拡大は一面デメリットではあるが、一方で低所得者向けのビジネスを成立させる。生産性の低い職種や職務に、高い賃金コストをかける必要が薄れ、これも存続可能なビジネスの裾野を広げ、同時に一部サービス業などの高コストを是正する。

更に、大きな潜在力を秘めている職種として、メイドサービスを挙げることが出来る。シンガポールや香港などでは、中流以上の家計の多くはメイドを雇っている。そのため多くの女性にとって、結婚も出産も仕事を続ける障害にはならない。つまり外国人労働者の受け入れは労働人口そのものの増加に留まらず、女性の労働参加率を引き上げ、ひいては出生率の低下に歯止めをかけるという波及効果をもたらす可能性さえ秘めているのである。

住居の狭さや言葉の問題など、クリアされるべき障害が少なくないことは確かだが、それを解決する政治的労力が、アジア共同体を形成し、そこでリーダシップを発揮するための労力を上回るとも思えない。

日本が日本人だけのものという発想を捨て去れば、将来の図はかなり違って見えてくる。

 

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