米国のコーポレートガバナンス改革

~大手企業と運用機関が共同で提言書を発表~

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2016年08月16日

  • 牧野 正俊

先月、米国で、コーポレートガバナンスのあり方についての意見を表明した「Commonsense Principles of Corporate Governance」(※1)(以下提言書)が発表された。これを取りまとめたのは、著名投資家のウォーレン・バフェット氏を始め、GM、GE、JPモルガンチェイス等、米国を代表する大手企業のCEOや、キャピタルグループ、ブラックロック等、運用機関のトップらで構成されたグループである。

提言書は、コーポレートガバナンスのさらなる向上のために、取締役会や運用機関が果たすべき役割や責任について提言している。意見書のような形をとっており、日本のコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードのように網羅的、体系的ではない(※2)。その内容も、従前のガバナンスについての議論と大きな相違はないが、提言の裏には、現在の米国上場企業の取締役会や運用機関が抱える課題が浮かび上がってくる。以下では、提言書で言及されているいくつかの項目について取り上げてみる。

まず、株主の権利の平等という観点から、議決権種類株式の導入には否定的である。提言書は「議決権種類株式を導入している場合、企業は一定の時限措置等を採ることを検討すべきである」としている。2004年にグーグルが上場した際、創業者の議決権確保のために議決権種類株式が用いられたことがきっかけとなり、その後、IT関連企業が相次いで議決権種類株式を導入した。このような方法は、経営陣による長期的な視点に立った経営を可能にする一方、年金基金や機関投資家からの批判は少なくない。

また、業績ガイダンスについて、提言書は「業績報告にあたっては、自社の戦略上の長期目標の達成状況についての見通しを提示することなども検討すべきである。四半期ベースの業績ガイダンスの発表に固執すべきではない。短期的な業績目標を達成しようとすると、長期的な企業価値を破壊することにもつながりかねない」としている。まさに、昨今のショートターミズム(短期志向)に対する懸念を改めて表明したものである。

提言書は、独立取締役の役割の重要性についても強調している。取締役会議長とCEOを同一人が兼任する場合は、独立取締役が取締役会でリーダーシップを発揮するような仕組みにすることを提言するなど、独立取締役に対して、権力が集中するCEOに対するカウンターバランスとしての役目を期待している。

経営者報酬について、提言書は「報酬の相当部分を株式とし(場合によっては50%以上)、経営者の受け取る報酬を企業の長期的業績と連動させることを検討すべきである。報酬体系や業績評価方法は、株主に適切に開示すべきである」としている。法外な経営者報酬は、しばしばメディアなどで取り上げられ世間からの非難の対象になっているため、報酬体系の透明性と業績との連動性の重要性を改めて表明したものと言えよう。

運用機関に対する提言として、提言書は「運用者は、長期的な価値創造の視点から、十分な時間をかけて議決権行使を検討すべきである。運用者は、議決権行使のプロセスやガイドラインを公開するとともに、運用サイドの考え方を企業に伝え、企業の戦略や方針を理解するため、双方向の積極的なコミュニケーションを図るべきである」と述べている。議決権行使助言会社に依存しすぎることを戒め、運用者が自身のガイドラインに沿って、十分な時間とリソースを投じて、議決権行使を検討することを提言している。

この提言書の目的は、「健全で長期志向のガバナンスの仕組みを提示すること」とされている。このため、全体を通じて、長期的視野に立って企業価値を高めることを取締役、経営者、運用機関に対して求める論調となっているが、裏を返せば、上場企業にとって、長期的な戦略に基づいた経営や投資がいかに難しいかを物語っているともいえる。実際、提言書中には「取締役会は、企業価値創造のため、未公開企業のオーナーが戦略策定する際に用いるような長期的な考え方を採用すべき」といった記述もある。

米国では、ウーバーテクノロジーズやエアビーアンドビー(※3)のように、時価総額が10億ドル以上に達しているにも関わらず非上場の、いわゆるユニコーン企業が増加しており、その企業価値の総額は数十兆円に達すると言われる(※4)。この背景には、短期的な収益目標の優先、自社の長期戦略に合致しないアクティビストからの要求、情報開示義務、ますますハードルが高くなるガバナンス遵守の要請など、上場に伴うコストが増大していることがある。

本提言書でも、高水準のガバナンス原則を推奨する一方で、それをどのように運用するかは(企業が説明責任を果たすとの前提で)各企業にゆだねる形となっている。このため、当初グループのメンバーだったある大手運用機関は、より厳格な自社のガイドラインを優先するため、メンバーから脱退したと伝えられている(※5)。万人が納得する、長期的企業価値の向上を担保するガバナンスの構築は簡単ではない。ともあれ、世界的な大企業や運用機関が自主的に一堂に会し、自らを律する原則について議論し発表するというところに、米国資本市場の競争力の源泉があるのかもしれない。

(※1)http://www.governanceprinciples.org/
(※2)提言書の構成は、I.取締役会-構成と内部統制、II.取締役の責任、III.株主の権利、IV.情報公開、V.取締役会におけるリーダーシップ、VI.後継者計画、VII.経営者報酬、VIII.コーポレートガバナンスにおける運用機関の役割、となっている。
(※3)ウーバーテクノロジーズは、スマートフォンで配車サービス(ライドシェア)を手掛ける企業。エアビーアンドビーは、宿泊場所の提供者と宿泊場所を探している旅行者をマッチングさせるインターネット上のプラットフォームを運営する企業。いずれもいわゆる「シェアリング・エコノミー」の代表企業である。
(※4)CB insightsのウェブページ(2016年8月3日アクセス)に掲載されている米国のユニコーン企業の企業価値の合計は3,000億ドルを上回っている。
(※5)2016年7月21日付ファイナンシャルタイムズ。

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