TPP交渉の本質を大きく変えるTPA2014法案

議会の交渉関与強化・情報公開が条件に

2014年2月10日

  • 調査提言企画室 主席研究員 長谷部 正道

米国行政府が重要な通商交渉を行うために不可欠なTrade Promotion Authority(TPA:貿易促進権限)を大統領(行政府)に与えるための法案が、1月9日に超党派で米議会に提出された。超党派の議員によって提出されたということになると、オバマ大統領の所属する民主党ばかりでなく下院で多数派を占める共和党の賛成も得てすぐにでも同法案が成立するのではないかと早とちりされる方もあるかもしれない。しかし、1月28日にオバマ大統領が一般教書演説でTPP交渉妥結に強い意欲を示した直後、これに水をかけるかのように民主党のHarry Reid院内総務はTPA2014法案に反対することを明確にした。その結果、「TPPの早期締結の希望がしぼみ、少なくとも今年11月の米中間選挙が終わるまで交渉がストップすることになった 。(※1)」という見方もある。

また、同法案の正式名称は“the Bipartisan Congressional Trade Priorities Act of 2014”であり、日本語では、「超党派議会貿易優先順位法案2014」とでも訳すべきもので、わが国のマスコミが「貿易促進権限法案」と訳しているのは、同じTPAながら“Trade Promotion Authority”と“Trade Priorities Act”を混同したものである。同法案の性格についても「米大統領に強力な通商交渉権限を与える貿易促進権限(TPA)法案(※2)」と表現するのは以下の理由により適切ではない。

米国上院の担当委員会が作成した同法案の概要説明資料 (※3)によれば、本法案の主たる内容として、第一に、議会の特権(prerogatives)である貿易交渉を議会が授権した交渉目的に沿って行政府が行うことを行政府に対して指示すること。第二に、議会議員と国民に対して公開されかつ透明性のある手続きを確保するため、交渉開始前、交渉中、交渉終了後において、行政府に対して徹底した議会との協議、議員への情報公開を確立すること。第三に、議会の交渉に係わる特権を確保するために、協定を実施するための国内法制の承認手続きを通じて、(協定内容についての修正権限はないが)議会に最終的な貿易協定承認権限を与えることが定められている。

さらに、二番目の議会の関与について細かく見ると、①全議員に対する交渉中の案文の開示②関心のある議員の求めに応じ、USTRはいつでも議員と協議に応じること③全ての議員が交渉の場に議会の助言者として参加できること④上下両院に交渉助言グループを設けて、定期的に交渉当局と会合し、継続中の交渉状況を監督すること等が明記されている。この法案は大統領に強力な貿易交渉権限を与えるための法案というよりは、従来米国議会においても不満が溜まっていたTPPの秘密交渉方式を根底から覆す、議会が交渉の権限(mandate)を定め交渉を直接監督するための法案といった性格がむしろ強いのである。

このため仮に修正なしでこの法案が成立したとした場合、行政府は交渉権限を議会から授権されるものの、徹底した情報公開の下、あらゆる利害関係事項について議会と協議しながら交渉を進めざるを得ず、実務的には極めて交渉が行いづらくなることが明らかである。また、米国において、議会に対して交渉の全容が公開され議会の交渉関与が認められる以上、交渉相手国の日本等においても、国会において政府に対し米国並みの交渉情報の公開が求められることは明らかであり、農業関係はもとより、従来情報が非公開のため問題点として認識されていなかったような事項について、わが国においても議論が続出し、国会での審議が紛糾する可能性がある。

さらに、このTPA2014法案は単にTPP交渉のみを対象にしたものではなく、EUと米国との間の自由貿易協定(TTIP)や現在WTOで有志国によって行われている新たなサービス協定(TISA)等の米国が関与する今後の全ての貿易交渉について適用がある。これらの交渉に対しても全て情報公開の下で交渉を進めることはUSTRにとっては非常に困難であり、こうした議会の関与に関する条件について、どこまで議会とUSTRが調整を図れるかが今後焦点となるであろう。

TPAがなくても米議会に協定案を提出するまでにTPA2014法案が成立すれば問題ないとする楽観的な見方(※4)もあるが、USTRは議会から行政府に交渉を任せても大丈夫であるとの心証を得るためにも、交渉相手国からより多くの譲歩を得ようとする一方で、議会からの授権なしでは最後の妥結に必要な米国としての柔軟性を示すことが困難であろう。

日米の関係においては、4月の大統領訪日が大きな山場となるが、最終的な交渉権限を持たずに米国側から大きな譲歩を示せない可能性が高いオバマ大統領に対して、日本政府が更なる妥協案を示すことができるのか。TPA2014法案の成立によって、今後こうした交渉過程が米議会で白日の下にさらされる可能性が高いことを踏まえると、政府としては大きな賭けとも言える決断を迫られることになる(※5)

なお、仮にTPA2014法案が成立せずに、TPP交渉が本年11月の米国の中間選挙終了まで、或いは中間選挙で民主党が敗退した場合には、米国において次期新政権が発足するまで、交渉がまとまらないことがあったとしても、「TPP交渉での米国からの市場開放圧力がなければ、安倍晋三首相の経済改革が腰折れになる可能性がある(※6)」などというような昔ながらの外圧頼みの発想があるとしたら残念なことである。農業をはじめとして、日本の産業の国際競争力の強化は目先のTPP交渉の結果などには関係のない重要かつ緊急な課題である。仮にTPP交渉がしばらく停滞したとしても、それを絶好の猶予期間として、強力な指導力を持った安倍政権は、外圧など当てにせずに正々堂々と国民と議論を進め、必要な改革を推進して頂きたい。

(※1)The Wall Street Journal 日本版2014年1月31日
(※2)日本経済新聞 2014年2月5日朝刊
(※3)“Overview of the Bipartisan Congressional Trade Priorities Act of 2014” prepared by the staffs of the Ways and Means Committee and Senate Finance Committee
(※4)※2に同じ。
(※5)甘利大臣はThe Wall Street Journal(英語版2014年1月30日)において、こうした議会からの様々な条件が交渉にマイナス要因となる可能性があることについて言及している。
(※6)※1に同じ。

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