企業経営にこそ必要な体幹トレーニング

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2013年09月17日

  • コンサルティング第二部 主席コンサルタント 林 正浩

「体幹トレーニング」という日本発のエクササイズがある。女子サッカー日本代表「なでしこジャパン」をはじめテニスの錦織圭選手、多くのプロ野球チームなどがトレーニングメニューに取り入れているのでご存知の方も多いかもしれない。

別名を「スタピライゼ—ション」といい、人間の体内にあるスタピライザー、即ち「固定」や「安定」をつかさどる機能の正常な作動を促すトレーニングとして知られている。

スポーツ競技におけるトレーニングといえば一般的にはウエイト・トレーニングを想起するだろう。だが、このウエイト・トレーニング、即ち筋トレは大きな動作を支える筋肉群を刺激し、表面的な鍛錬にとどまる場合がほとんどだ。筋トレ中心の練習メニューでは試合におけるスポーツ動作での実際のパワーやスピードに結びつかないケースも多いという。

対してスタピライゼ—ションは、単なる筋トレと異なり神経と筋肉の協調性(神経筋協調性という)を刺激し高めることを目指している。神経筋協調性の強化は、泳いだり走ったり投げたりといった一連のスポーツの基本動作の姿勢を崩さないように維持したり、姿勢が崩れても素早く矯正する力を養うことにつながる。また、自分の体重を負荷とするトレーニングなので特殊な機器を必要とせず、一定の姿勢や動作を自重で意識的にコントロールすることに神経を集中させる。

遠目で見る限り静的なトレーニングであり、練習メニューに入る前のストレッチかウォームアップにしか見えない。だがスタピライゼ—ションを実践するアスリートは一様に顔を歪め、苦悶の表情を浮かべている。見た目とは異なり結構きついのだ。

昨今のコンサルティングにおける現場で、この体幹ならぬ「社幹」(これは筆者の造語である)が脆い会社に数多く出会う。マネジメントシステムや事業戦略がしっかりしていても業績に結びついていない場合、この社幹がゆがんでいるとみて間違いない。

企業にとっての社幹とは、例えば「なぜこの会社で働くのか」といった上位概念の共有から「決定事項は責任者を指名し、デットラインをもうけて実践に移す」「会議の開催に際しては事前に必ずAgendaをきる」など業務遂行上の「あたりまえ」まで様々である。競争戦略など高邁な理論を語る以前にこうした基本動作ができていない会社が多すぎる。

戦後最大の経営破たんを演じた日本航空がV字回復を成し遂げた最大の要因は、この社幹をそっくり入れ替えたことにあると筆者は考えている。「売上最大、経費最小」といったビジネスの基本原則を徹底して実践実行に移すための部門別採算制度と「JALフィロソフィ」と称される人としてのあるべき原理原則を企業経営の両輪として、社幹自体を抜本的に入れ替えた結果、同社は短期間で世界有数のエアラインに生まれ変わった。

「人間として何が正しいのか」を業務遂行上の価値基準としてグループ全体で共有する。エアラインビジネスにおける「最高のバトンタッチ」とは何かを正しく理解し、即行動に移す。そして、社員同士が助六寿司と缶ビールを片手に、車座となって胸襟を開き仕事について真剣に語り合う。「自分に何かできることはないか」と常に周りに働きかけ助け合う。

日本航空V字回復の現場に最先端のマネジメント手法は見当たらなかった。あったのは「あたりまえ」の連続だった。

体幹トレーニングに特別なマシンが必要とされないように、JAL復活に際しては特殊な方法に頼ることは一切なかった。高機能のエクササイズマシンを使わず自らの体重だけで自らに負荷をかけ体幹を鍛錬する一流アスリートの姿と「人間として何が正しいのか」を本気で悩み仲間と対話を繰り返すJALの若手社員は見事にシンクロする。

「今月の水道光熱費はなぜ前月よりも増えているのか」。こんな問いかけを愚直に掘り下げ、役員から中間管理職、そして現場に至るまで真剣に月次経費に向き合う姿も目の当たりにした。水道光熱費の動きから企業経営の本質を共有する。JAL復活の現場では特別なオペレーション理論やコストマネジメント手法にお目にかかることはなかったが、徹底的にコスト増の原因を究明するその愚直さは半端ではない。

華麗なシュートやフィールドさばきは観客を沸かせ、たゆまぬ筋トレは目に見える形でアスリートの身体を進化させる。それに対して、このスタピライゼーション効果を直接目で確認することは不可能だ。しかしビジネスパーソンにもアスリートにも「ぶれない軸」、即ち何があっても原理原則を愚直に守り抜き、原理原則に忠実な姿勢を維持する力やどんな衝撃が襲ってきても素早く体勢を立て直す力が何よりも増して重要なのではないだろうか。

「国幹の弱い国は体幹の貧弱な選手と変わらない」。昨年、米国や中国、韓国に赴任する大使の人事上のごたごたを取り上げ、日経新聞の1面のコラム「春秋」は我が国における「国幹」の揺らぎを危惧してみせた。

地味でインビジブルな幹を徹底的に鍛え上げ、守り通し、決して疎かにしない。このことはスポーツシーンのみならず、企業経営、ひいては国家運営においてさえ無視できない。今一度、「社幹」を見つめ直し、原理原則に忠実な経営を目指してはいかがだろうか。猫の目のように変わる経営戦略論を追いかけるよりも効果があること請け合いである。

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林 正浩
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