中国ジニ係数公表の波紋

2013年2月1日

  • 常務理事 金森 俊樹

1月18日、中国国家統計局は、2012年の経済実績を発表する記者会見の席上、約10年ぶりに所得分配の不平等度を示すジニ係数を2003年に遡って公表した。香港文汇報記者の質問に答える形で明らかにされたもので、事前に質問を振付けていたかどうかは定かでないが、2003-12年の係数を全て周到に準備していたことから考えると、質問のあるなしに関わらず、席上公表する予定にしていたことは明らかだろう。昨年末、西南財経大学家庭金融研究中心が2010年ジニ係数は0.61(以下、西南推計)、また北京師範大学管理学院・政府管理研究院が「2012中国省級地方政府効率研究報告」の中で2012年は0.5以上と、何れもはるかに高い推計値を発表したばかりであり、また、統計局の今回の発表後、北京市や上海市も、現在それぞれの市のジニ係数の公表を検討中であると述べたことから、内外の注目するところとなった。

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(資料)国家統計局資料より大和総研作成。1998年までは都市部の係数で、98年は世銀の推計値。


海外の報道振りは一様に、2009年以降格差が縮小傾向にあるとの推計は、現実の感覚と大きくずれており、数値は信用できないと反発する声が、国内で一斉に出ているというものである。例えば、「統計局は、オスカーのベスト編集賞を受賞すべきだ」、「まやかしの数字で、おとぎ話の作者でも、このような数値を言う勇気はない」等の微博上の書き込みが伝えられている(1月19日付Financial Times, AP通信)。たしかにそうした反応が大きいことは否定できず、実際、こうしたブログの書き込みは、一部中国メディアも報じているところだ(22日付人民網・財経頻道、23日付金融網等)。しかしもう少し仔細に見ると、必ずしもそれだけではない中国内の反応・評価が浮かび上がる。

第一に西南推計との大きな乖離について、まず学者を中心に、異なる標本調査に基づく以上、結果が異なるのはごく自然なこととする冷静な見方が多い(北京大学教授、22日付北京青年報等)。また当然のことながら、政府関係者からは、政府統計の標本範囲は民間調査よりはるかに大きく(昨年12月から40万戸の標本を調査、18日付中国経営報)、したがって政府統計の方がより信頼性があり権威があるとする発言が出されている(国家信息中心マクロ経済研究室、中国労働学会、19日付北京晨报、22日付光明網)。
ただし、統計局推計値は高所得者の灰色収入を低く見積もりすぎているため、実態より低目に出ている可能性が高いとする指摘も多い。すなわち、2008年の隠れた収入は9.26兆元、うち灰色収入が5.4兆元にのぼるが、これら収入は最も把握しにくく、また富裕層に偏っていることから(中国改革基金会国民経済研究所副所長、2012年)、ジニ係数が低目に推計されるきらいがあるというわけである。したがって、ジニ係数に「腐敗係数」を乗じて調整する必要があるとの主張まで見られる。また都市と農村の収入を比較可能にする統一統計分類にしたことから、大きな格差のある収入をならす過程(拉平收入鸿沟)でジニ係数が低く抑えられた可能性があるとの指摘もある(以上、19日付京華時報等)。
西南推計を行った担当者は、「西南調査の高所得者入戸率(訪問率)は16%程度だが、統計局はもっとこの比率を上げる必要がある」と述べており、統計局の富裕層の標本が少なすぎることも示唆している(21日付21世紀経済報道)。結局、把握しにくい隠れた所得が大きいという中国の特殊な所得構造と、低中所得層に標本が偏っていることが、政府の推計値が実態より低目に出ている大きな要因ということになる。他方西南推計は、下記の明らかにされた標本調査の詳細からすると、低所得者の収入を低く見積もりすぎており、ジニ係数は逆に実態より高目に出ている可能性があるとの指摘もある(21日付毎日経済新聞)。

*担当者が明らかにした西南推計の標本調査
25の省(直轄市・自治区)、80の県(区・市)、320の村(委員会)。まず2,585の県(区・市)を抽出、その中から、地理分布が平均的になるように、かつ富裕地域が過少にならないように80を抽出。次に対象地域から直接、村を抽出。最終的な都市標本と農村標本の比率は181対139。最後に村(委員会)から個別世帯を抽出。農村地区は一律20戸ずつ、都市は各地区の住宅価格情報、その他富裕程度を示す指標を考慮して4分割し、最高層から50戸、最低層から25戸抽出。有効標本総数は8,438とされている。また当初、都市部の25%の世帯が年収6,420元以下、農村の25%が4,294元以下という結果で、これでは、都市・農村とも4戸に1戸は、通常貧困または絶対貧困の状態にあるという非現実的なことになり、ジニ係数推計にあたっては、収入ゼロ世帯を排除し、さらに最低、最高1%を除外したとされている。(22日付北京青年報、21日付毎日経済新聞)。

第二に、批判が集中する2009年以降の格差縮小という結果について、ジニ係数の水準そのものの妥当性はともかく、傾向としては信頼できるとの見方は案外多い。「中国において所得格差の主たる要因は都市と農村の格差であるが、民工の賃金が近年上昇しており、この格差は縮小傾向にあることから(農村余剰労働力が2004年1.5億人から2012年3000万人余に減少、長らく下降傾向にあった労働報酬率の対GDP比が2008年から反転上昇し、08年41%から10年48%になっていること、特にブルーカラー層の賃金上昇が顕著で、多くの地域で年20%以上の上昇)、全体のジニ係数が低下傾向にあってもおかしくない」(清華大学経済管理学院教授、22日付人民網・財経頻道)、「ここ2-3年は農村の収入の伸びが都市部より高く、統計局の数値になんらの問題もない」(発展研究中心マクロ経済部長、21日付新華網)、「グローバル危機後の低所得者向け補助拡大、高所得者の所得抑制、都市化の進展等から、2009年以降の格差が縮小していることは十分あり得る」(国家信息中心マクロ経済研究室主任、19日付北京晨报)等である。もちろん、都市住民が最も関心を持つ都市内部の格差がどうなっているかは別問題で、それが現実の感覚とは異なるとの反発に繋がっているのではないかと分析されている(上記、清華大教授)。

第三に、0.47-0.49というジニ係数について、統計局自身「いずれ、高い水準にあることは間違いない」とする一方、「0.4以上は国際的に警戒水域と言われているが、それは収入構造が簡素で社会福祉も発達している先進国を念頭にした話で、途上国にはそのまま適用されない(筆者注:貧困層の存在と腐敗の問題を念頭におき、中国では0.4を下回ればよいという話ではないとの趣旨か)」(19日付京華時報)、「格差拡大は、現在の歴史的発展段階から見て必然的結果(同:いわゆる逆U字型クズネッツ曲線を念頭に置いた指摘と思われる)。しかし富の源泉は、もっと明らかにされる必要がある。例えば、2011年A株上場企業最高報酬は中信証券副董事長の年収1,601万元で、都市部の平均収入42,452元の377倍だが、こうした高収入が企業業績と比例しておらず、むしろ逆相関にあることこそが問題」(中国労働学会副会長、22日付光明網)といった冷静な分析が注目される。

客観的情勢からジニ係数の公表を再開せざるを得なくなったという側面は強いだろうが、中国政府は当然、これらの反応を全て事前に予想した上で公表に踏み切ったはずである。仮に疑念をもたれる数値であっても数値がないよりはましで、これが政策の基礎になり得ること、敏感な数値と見られてきたジニ係数を敏感な数値でなくした(脱敏)こと、さらに長らく検討中とされているが、なお発表に至っていない所得分配改革案の早期発表を後押し(推手)する点で、公表自体はこれを素直に評価すべきであり、またそうした声は中国内にも多い。今回の公表再開が、習近平政権の所得格差の是正、腐敗所得の摘発・防止に対する真の意欲の現われかどうかを見極める観点から、関心は、今後、数値の推計根拠についてどの程度透明かつ説得的な説明が提供されてくるのか、都市内部のジニ係数も公表されるのか、そしていかなる内容の所得分配改革案が、どういうタイミングで出されるのかに移っている。

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