緊急経済対策としての公共事業

—入札方式の大幅な改善こそ急務

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2013年01月17日

  • 長谷部 正道

1月11日に政府は緊急経済対策を決定した。本コラムでは緊急経済対策全体を詳細に検討することは不可能なので、事業規模20.2兆円のうち、国費ベースで5.2兆円が分配された公共事業についていくつかの課題を検討してみたい。

公共事業については、前民主党政権下において、「コンクリートから人へ」というスローガンのもと、八ッ場ダムの工事に象徴されるように、大幅に予算が抑制されてきた。今回の経済対策(補正予算)においては、速やかな事業の執行の観点から、用地が買収済みあるいは事業が着工済みでありながら、こうして凍結されてきた公共事業の多くが復活されるものと思われる。このこと自体、古い自民党政治型のばらまきの復活というような批判もありうるであろうが、本稿では「中長期的な財政制約の下でのあるべき公共事業の在り方」については検討せず、「経済対策としての公共事業」として留意すべき点について検討する。

「経済対策としての公共事業」を考えるときにその目的とするのは、特に疲弊している地方経済の活性化のために公共事業を通じて地域の建設業等を媒体として、地域経済に一息ついてもらうことにあると考えられる。このために、公共事業予算が必要なことは確かではあるが、だからと言って、札束さえ積めば、地域の経済が活性化するというわけではない。過去の事例をきちんと検証すればわかるとおり、公共事業予算を使って、国民の借金は増えたが、思ったほど地域経済が潤わなかったという実例は多いのである。

その原因としてまず考えられるのは、予算をいくら積んでも公共事業を執行する能力には限界があるということである。国土交通省によれば、建設投資が過去20年間で約半分に落ち込んだため、建設現場で働く職人の数がピーク時と比べて1/4に減少しているそうである。また長く続いた行政改革の影響で、公共事業の設計・発注業務等にあたる国家公務員・地方公務員もピーク時から大幅に定員削減されており、平年並みの事業規模の予算執行にあたるのが精一杯の人員しか配置されていない。そうした中で、急に巨額の補正予算を組まれても、物理的に対応できないという問題がある。

こうした物理的な問題点に加えてさらに大きな課題が入札方式の問題である。個々の公共事業について、費用をできるだけ抑制し、国民の税金を節約しようという立場から設計されているのが、競争入札を前提とする現行の入札制度である。確かに、公共事業費の抑制の観点からは正しいかもしれないが、先に述べた「経済対策としての公共事業」の観点からは、せっかく国民の税金を使って公共事業を行っても、そのほとんどが赤字を含め利益が出ないような落札結果に終わっては、当初目的としての「経済対策」にならない。そればかりか、適正利潤を確保できない事業者の立場にとってみれば、利幅が薄い分、工事の質を落として工事量でカバーするような「手抜き工事」の温床を作っていることにもなりかねない。

さらに笹子トンネルの事故でようやく事態の深刻さが認識されたように、社会の公共インフラとは、使い捨てのものではなく、30-40年、あるいはそれ以上の長期間にわたって適正に維持管理していかなくてはならないものである。復興対策や経済対策として、国の特別な補助金や交付金でインフラの整備費用は賄えたとしても、不要不急で質の悪いインフラを作ってしまった後始末(=保守管理)は、多くの場合、国の補助がない地方自治体単独の負担となることを今一度きちんと認識する必要がある。

以上のように考えると、現在の入札方式を改善せずに、従来方式の下で、やみくもに経済対策としての公共事業を行うことは、「安物買いの銭失い」となって、国民や自治体の負担を増やし、建設事業者等の利益にもならず、つまり、誰のためにもならない。


わかりやすく言えば、現在の入札方式では平均して0.5%程度の利益率しか上がらないとして、地域の建設事業者に1億円の経済対策効果(利益)をもたらそうとすれば、総額で200億円の工事を行わなくてはならないが、仮に適正利潤を4%として、同じ1億円の経済効果をもたらそうと思えば、総額の工事費は25億円で済むのである。国民の税負担の総額は1/8になるし、適正利潤を確保した請負企業は労働者の賃金も増やせることになるし、工事も丁寧に行われる結果、自治体も後年度の維持補修のコストを大幅に節約できる。また事業量が総体として少なくて済むので、職人や発注業務にあたる公務員の人数の不足という問題も解消できる。

公共事業の総量としては、先日被災県の知事が国土交通大臣に陳情していたように、いまだ2011年度の補正予算も消化できずに、2年度にわたる予算の繰り越しを求められているという状態にある。つまり、今回の補正予算を執行する前に、実は11年度の補正予算分と、12年度の本予算分の事業がまだ消化できない状況にあり、現在経済対策として緊急に求められているのは、公共事業の総量の追加ではなく、入札方式の大幅な見直しによる適正利潤の確保と、入札不調の解消による速やかな公共事業の実施なのである。

日本建設業連合会は既に公共事業の赤字受注を防止するために、「工事価格の適正化」などの適切な対応を政府に申し入れ、政府も緊急経済対策の中に、公共事業の円滑な施工確保として「契約価格の適正化、人材不足への対応」を盛り込んだところであるが、経済対策の緊急性を本当に追求するならば、2-3年間の緊急時限措置として、入札方式の原則を競争入札から随意契約に変更するような大胆かつ緊急な見直しが必要とされているのである。

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