英国株式市場についてのケイ・レビューの論点と日本の課題

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2012年09月13日

  • 大和総研 顧問 岡野 進
資本市場の低迷ないし混乱という問題は、日本だけの問題ではなく、英国でも米国でも問題意識が持たれている。最近、英国では政府から「英国株式市場における活動と長期的に英国上場企業のパフォーマンスとガバナンスに与える影響に」について諮問されたジョン・ケイ氏により、7月にケイ・レビューがまとめられた。


ケイ・レビューにおける指摘は、主に英国株式市場が、「短期主義」(short-termism)によって、市場における信頼の浸蝕やインセンティブの不整合を起こしているという観点に立っている。ここでは短期主義の原因について、長期的に基礎的なビジネスの営業能力を高めることよりも、事業や財務のリストラクチャリング、買収・合併といった短期的に表面的な収益水準を向上させる策に経営者がより焦点をあててしまう傾向があることを挙げている。一方で、悪い長期的な経営判断の例も様々に存在し、株式市場はその形成にも一役買っていたのではないかとみられるとし、現在の公開株式市場は、経営への関与を、声をあげるのではなく、売却によって、すなわち、関心ある投資家から匿名のトレーダーに持ち手を替えるということになっている、と結論付けている。さらに、英国の株式市場は企業にとっての新規投資の資金調達の役割を果たさなくなっている。つまり、投資資金の配分は資本市場を介して企業間で行われているのではなく、企業内で行われており、それだけによい企業統治を推進することが英国株式市場の中心的な機能であるべきだ、としている。


ケイ・レビューによれば、英国の株式保有構造は、大きな保険会社や年金基金の保有が大きく減少したために、分散化している。金融市場のグローバライゼーションの進展によって外国人の保有の増加が起きている。こうした株式保有の分散化が株式所有者による関与や制御を低めてきたと分析している。


さらにケイ・レビューは、狭義の「効率的市場仮説」に疑問を向けており、これに基づいた規制の方法、特に情報開示への過度の依存につながり、利用者には役に立たないような大量のデータ供給といった事態につながり、それが投資家の短期的判断などにつながった、と批判している。そして、英国市場における資産運用の現状について、企業の基本的な価値に対する投資よりも、短期的な売買の流動性供給の意義を認めつつも、過剰になってしまっているのではないかとの問題意識が出されている。


日本にも当てはまるのは、多くの大企業が新規投資のための資金を株式市場からの資金調達に頼らず自己金融ができてしまうようになっているということであろう。日本銀行「資金循環統計」をみると、民間非金融法人企業の資金余剰は、2012年第1四半期までの1年間で17兆5,551億円と高水準を維持している。保有している現金・預金は214兆8,499億円(2012年第1四半期末)と順調に増加して史上最高となっており、一方、借入は340兆275億円(同)と横ばい基調である。


企業部門が大きな資金余剰主体となっている状況では、資本市場は、企業の投資資金調達を通じた市場による資金配分機能を果たせないので、企業統治など他のチャンネルによって企業に経済構造変化への対応を促していかなければならない。それが日本の資本市場のもっとも重要な課題なのではないだろうか。

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