付加価値で考える貿易統計

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2012年03月21日

  • 長谷川 永遠子
リーマン・ショックで世界経済の潮目が変わるまで、世界の貿易額は6年連続で毎年2桁の伸びを続けていた。その原動力となったのがアジアの貿易の伸びである。2000年代に入ると中国や台湾がWTOに加盟し、アジアは世界の工場として存在感を高めた。この結果、アジア(※1)の域内中間財輸出比率はEUやNAFTAを15%ポイント前後も上回るようになっている。アジア主要国の財輸出入に占める中間財のシェアを見てみると、アジアにおける中間財の出し手は台湾、韓国、日本、受け手はベトナム、中国、タイであることが分かる。例えば、日本が輸出したIC(集積回路)を用いて、中国が様々な電子機器を生産し、最終消費地に輸出するといった流れが考えられる。その際、最終消費地は米国や欧州の他、部品供給をした日本であることも多い。デビッド・リカードが比較優位論を展開した19世紀、世界各国は完成品のみをやり取りしていたが、国際分業が進展した現在ではあらゆる製品が世界製とも呼ぶべき状況にある。このことは貿易統計の妥当性にも疑問を投げかけている。製品の価値を最終財の輸出国のみに計上する伝統的な統計の取り方は、当該輸出国の国際競争力を過大評価する恐れがあろう。

WTO(世界貿易機関)やOECD(経済開発協力機構)等の国際機関が付加価値ベースの貿易統計作成に向けた研究を重ねている。この問題を考える上でよく用いられるのがiPhone(※2)の主要部品供給国別の分析である。主要部品ごとに高い供給シェアを持つ企業が当該部品を一手に供給していると単純化して国別にコストを集計したものだ。現在、世界市場を席捲しているiPhone4Sのコスト分解をもとに同様の分析を試みた。その結果、iPhone4S、1台の生産コスト187.89ドルの内、韓国や米国製部品がそれぞれ23%、日本製が15%、台湾製が7%、ドイツ製が4%、その他の国々が27%を占めるという結果になった。米国が中国から1千万台のiPhone4Sを輸入した場合の貿易収支を考えてみよう。伝統的な貿易統計でも、付加価値ベースの貿易統計でも、米国の貿易赤字は約15億ドル(輸入19億ドル-輸出4億ドル)である。しかし、伝統的計測ベースでは貿易赤字全額が対中赤字となるのに対し、付加価値ベースでは上述の部品構成比に応じて相手国が振り分けられる。仮に中国の加工組立による付加価値を1台あたり6.5ドル分と仮定すると、米国の付加価値ベース対中貿易赤字はiPhone4S輸入1千万台あたり 6,500万ドルにすぎなくなる。貿易収支に対する認識は各国の対外政策を大きく左右する。国際産業連関表の整備を進め、貿易統計に新たな視座を取り入れる努力が急がれよう。

iPhone4Sの主要部品供給国
iPhone4Sの主要部品供給国
(注)部品ごとに高い供給シェアを持つ企業が当該部品を一手に供給していると単純化した上で国別に集計
(出所)日経エレクトロニクス2011.11.14号、Isuppli 2011.10.20 付けプレスリリースより大和総研作成

米国が中国から1千万台のiPhone4Sを輸入した場合の貿易収支(100万ドル)
米国が中国から1千万台のiPhone4Sを輸入した場合の貿易収支(100万ドル)
(出所)上表を基に大和総研作成

(※1)RIETI TID 2010の東アジア(日本、中国、香港、韓国、台湾、シンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ブルネイ、カンボジア、ベトナム、13カ国)ベース。
(※2) iPhoneはApple Inc. の商標登録である。

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