インド映画 20億ドル市場を紐解く

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  • シニアコンサルタント 高橋 陽子

インド映画産業の成長が著しい。2015年の北米を除く興行収入ランキングで、インドは中国、英国、日本に次ぐ第4位(16億ドル)に位置付けられている。今後も毎年10%以上の伸びが見込まれ、2020年には27億ドルに達すると予測されている(図1参照)。


そもそも世界の映画産業の中でアジア太平洋地域の成長は目覚ましく、2015年までの5年間で全世界の興行収入が年率約4%の成長であったのに対して、同地域のそれは約12%を記録している。全世界興行収入に占める割合で見ても、同地域のシェアは28%から37%へと拡大といった格好だ。インド映画産業は、中国に次ぐ勢いでアジア太平洋地域の同産業発展を牽引していると言ってよい。

図1:世界映画興行収入上位国ランキング(北米を除く)および地域別興行収入(2011・2015年)

歌やダンスの華やかさが注目されがちなインド映画だが、何よりも他国を圧倒しているのはその年間制作本数である。国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の統計によると、2013年に世界全体で7,610本の映画が制作されており、その内1,724本(23%)がインドの制作で、米国の738本(10%)を大きく引き離している(※1)。背景には、映画が主要な娯楽として国民に愛されてきた歴史はもとより、世界的に見ても恵まれた映画の生産体制がある。映画の制作会社数は400社以上にのぼり、2001年以降は国内の資金調達機会も豊富である(※2)。映画に対する外資の出資制限もなく、近年の映像コンテンツ制作に不可欠なデジタル技術、3D化、高精細処理等に対応可能な高度IT人材については、国全体で300万人以上を擁していると言われている。


UNESCOの報告書は、インド映画における使用言語の多様性についても指摘している。同報告では、一国の映画制作における使用言語数が1または2言語という国が大半を占める中、インドでは37もの言語についての集計が実施されている。また、いずれの言語も制作総数の2割以下にとどまっていることから、少数派の言語であっても映画制作において一定のプレゼンスが確保されていることが分かる。2014年の言語別制作数の状況を見ても、ヒンディー語、タミル語、テルグ語がほぼ同数の約300本で並ぶなど、各言語圏がそれぞれ生産体制を有して多様な言語で映画が製作されている様が明らかだ(表1参照)。

表1:インドの言語別人口および映画制作数

また、インド映画と言えば「ボリウッド」(Bollywood)を連想しがちだが、ボリウッドはムンバイ(旧ボンベイ)を中心としたヒンディー語圏の映画産業界を意味し、タミル語圏は「コリウッド」(Kollywood)(※3)、テルグ語圏とベンガル語圏は「トリウッド」(Tollywood)(※4)など、「ハリウッド」をもじった各言語圏の制作中心地の呼称が様々ある。日本でも親しまれてきたサタジット・レイ監督の「大地のうた」はベンガル語、ラジニカーント主演の「ムトゥ 踊るマハラジャ」はタミル語、アーミル・カーン主演の「きっと、うまくいく」はヒンディー語というように、著名な映画を並べてみても多様な言語と文化的背景を示すことは枚挙に暇がない。


インド映画では撮影地として積極的に国外が選ばれる点も特徴的である。インド映画の国外ロケの歴史は古く、1960年代には早くもスイスや東京をロケ地として映画が撮影されているが、2015年制作の主要映画199本の撮影国は、表2のとおり44か国にわたっている(日本でも東京と大阪でそれぞれ1本ずつの撮影が行われている)。


国連世界観光機関(UNWTO)では、急速な中産階級の拡大を背景にインドの海外旅行者数は2020年までに5,000万人に達すると予測している。このため、インド人旅行者による映画撮影地の観光需要を取り込むべく、スイス、英国など国を挙げてインド映画のロケ地誘致に注力する動きもある(※5)

表2:2015年制作の主要映画撮影地(国名)および国別撮影本数

他方、インドでは興行に不可欠な映画館が不足しており、業界成長のボトルネックとなっていることも指摘されている。インド全体の映画館数については諸説あるが、UNESCOの統計(2013年)によれば人口10万人当たり約1館で、米国の13.9館、日本の2.9館、中国の1.4館と比較しても、映画好きな国民のニーズを十分に満たしていないことが分かる。近年では旧来の小規模施設を閉鎖し、デジタル化に対応したシネマコンプレックスの開業が続いているようだが、業界の7~8割を占める大手4社のスクリーン数を合計しても1,500程度にとどまる等、依然、映画館不足は深刻である(※6)


こうした中、モディ政権が掲げる「デジタル・インディア」政策によるモバイル端末の普及により、映画館不足という課題が部分的に解決することが期待されている。実際、インドの携帯電話加入者数は2015年10月末に10億人を超え、2016年には通信事業者各社が4G(LTE)サービスの展開を加速しており、スマートフォン利用者数も本年内に2億人を上回ると予測されている。今後、動画配信サービスなどの提供が本格化すれば、映画に限らずコンテンツ産業全体が飛躍的に成長することが確実視されている所以だ。多くの名だたる外国企業が、インドの関連分野への投資や業務提携を進めているのも十分頷けよう。


今秋、インド映画史上最大のヒット作「PK」が日本でも公開される予定だ。インド国内のみならず、欧米諸国や中国など全世界で人気を博し、興行収入総額1.2億ドルを記録した作品である。インド映画の名作「大地のうた」が日本で劇場公開されて50年目という節目の年に相応しい大作の登場となった格好だが、政治経済における日印関係が新しい局面を迎えた今日、両国の映画をはじめとしたコンテンツ産業交流の更なる深化が期待される(※7)


(※1)データが入手可能な2005年以降、一貫して世界一の制作数を誇る。
(※2)インド産業開発銀行法において、映画産業も正式な産業として銀行融資の対象として認定され、2001年以降は銀行融資を受けられるようになった。
(※3)制作の中心地であるチェンナイのコマダバッカムに由来
(※4)制作の中心地であるコルカタのトリガンジに由来
(※5)スイス、英国に加えて、最近ではスペイン、シンガポール等
(※6)各社サイト公表値、報道より大和総研推計。(閲覧日:2016年8月8日)
http://www.pvrcinemas.com/aboutus
https://www.inoxmovies.com/Corporate.aspx?Section=1
http://www.moneycontrol.com/news/business/carnival-to-add-250-screens2016-may-list2018_3064801.html
http://www.cinepolisindia.com/about-us
(※7)インドのCentral Board of Film Certificationが2014年度に審査した外国映画289本の内、日本映画は4本で、同期間中、日本の映画倫理委員会(映倫)が審査した外国映画339本中、インド映画も4本という状況であった。


参考文献(閲覧日:全て2016年8月8日)
UIS.Stat
India Brand Equity Foundation
Census of India
Film Federation of India
India International Film Tourism Council
UNESCO Institute for Statistics “Diversity and the film industry: An analysis of the 2014 UIS Survey on Feature Film Statistics” 2016年3月
Telecom Regulatory Authority of India “The Indian Telecom Services Performance Indicators October - December, 2015”2016年5月18日
Theatrical Market Statistics 2015, Motion Picture Association of America
Bollywood's Top Worldwide Grossers
eMarketer “In India, Smartphones and Their Users Are on the Cusp of a 4G Revolution” 2016年6月28日
KPMG FICCI “Media and Entertainment Industry Report 2016” 2016年3月
深尾淳一「グローバル化とインド映画産業」地域研究コンソーシアム『地域研究 Vol.13 No.2』2013年3月

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