アセアンのEC事情と日本に向けられた課題

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拡大を続けるアセアンのBtoC電子商取引(EC)市場

日本のBtoC電子商取引(以降EC)の市場規模(※1)にはまだ遠く及ばないものの、アセアン諸国のEC市場が着実に拡大を続けている。例えばシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナムの5カ国合計で、2013年のEC市場規模は約3,000億円(※2)であり、2010年と比較し僅か3年で約2倍に成長した。また、2018年にはこの5カ国合計で約6,700億円という推計もある(※3)。市場拡大の背景には、当該アセアン各国における一人あたりの可処分所得の伸びが右肩上がりで上昇している(※4)ことに加え、スマートフォンやタブレット機器の普及が市場拡大を後押ししている点が挙げられるであろう。当面EC市場規模の拡大傾向は続くと考えてよいのではないだろうか。

アセアンのEC市場の特徴は?

ところで、日本国内にはあらゆるEC事業者が存在し、インターネットで買えないものはないと言っても過言ではないレベルにまでECが発展している。よって、日本の消費者がECで買い物する際、大半の方は日本国内のウェブサイトで購入していることであろう。ところが、経済産業省発表の「平成25年度日アセアン越境電子商取引に関する調査」によれば、当該アセアン各国ではEC市場規模に占める自国以外からのEC購入金額の比率が、各国10%弱~20%強という結果になっている(図表1参照)。つまり、消費者が国境を越えたEC購入に平均で全体の1~2割の金額を費やしているということである。


尚、日本の消費者による越境EC購入金額の比率に関する正確な統計は存在しないが、各種調査資料を基にした筆者独自の推測では1%にも満たない。もちろん当該アセアン諸国のEC市場規模自体がそれほど大きくないため、相対的に越境EC購入金額の比率が高まる点はあるかもしれない。だがその点を差し引いても、越境EC購入金額の比率が相対的に高いのは興味深い。

越境ECが行われている理由とは?

先の経済産業省の調査では、当該アセアン各国の消費者向けにアンケートを実施しており、その中で「海外オンラインショッピングで、商品を購入した要因」について尋ねた質問がある(※5)。多くの回答を集めたのが「価格が安い」「ブランド」「品質(機能、スペック)が良いから」「欲しいものが自国になくその国でなら手に入るから」となっている。消費者が自国の製品に満足しているとは限らず、欲しいモノを海外に求めている現状が垣間見える。まさにインターネット時代ならではトレンドと言えよう。各国のEC市場規模拡大に従って越境ECの比率は相対的に縮小するかもしれないが、上述のアンケート結果を見る限り絶対額が縮小することはなく、おおよそこの拡大トレンドは継続するものと推測できる。

日本のEC業界に向けられた現実

では、この越境ECの拡大トレンドに乗って日本の事業者が売上を獲得できるかというと、どうも話はそう簡単ではないようである。同調査によれば、購入先としての日本の順位は米国、中国、欧州の次に位置しており、韓国とほぼ同等である(※6)。日本が上位に食い込めていない原因は何であろうか。消費者アンケートにおいて「日本からのオンラインショッピングで日本製品を購入する場合、心配なこと」の回答では、多い順に「サイト言語」「関税負担」「商品実物を把握できない」「事業者への不信」が多くの回答を集めている(※7)


この中で、関税負担以降は越境ECならではの回答であり、日本以外の他国も同様と考えられる。筆者が気になるのは、最も多くの回答を集めた「サイト言語」である。言語がネックになるのは中国も韓国も同様ではないかと思ってしまうのだが、もしかして「所詮日本語のウェブサイトしかないのだろう」との先入観であろうか。ともかく、日本の事業者に向けられた現実である。

どのような施策が考えられるか?

サイト言語が課題であるのなら、商品説明、代金決済手続き等々、サイト上の全てのテキストを各国語に翻訳して提供することがオーソドックスかつ最も効果的な施策であろう。近年自動翻訳技術が向上しており、どの言語かにもよるが、以前と比較すれば現地語化を推進しやすい環境になってきている。しかしながら既に越境ECサイトを提供する一部の事業者からは、自動翻訳のさらなる質向上に向けた取り組みが今後の課題との声も聞こえてくる。


日本語から各国語への翻訳は日本独自の課題であり、海外にソリューションを求めることは難しい。仮に越境ECを日本のEC業界の大きなテーマとして位置付けるならば、個々のEC事業者でこの課題に対処するのではなく、例えば官民一体で自動翻訳技術のさらなる向上に取り組むといったことはどうだろうか。また、筆者個人のアイデアであるが、自動翻訳技術のみに依存するのではなく、いずれかの企業・団体等の主導による商品説明のフォーマットの標準化も効果的ではないかと思われる。いずれにせよ、何らかの手を打たないと越境ECのビジネス機会を取り逃すことになりかねない。

図表1 アセアン5カ国のEC市場規模および自国EC、越境ECの比率

(※1)日本のBtoC電子商取引市場規模は11.2兆円(出所:[経済産業省]平成25年度電子商取引に関する市場調査より)
(※2)(※3)2010年・2013年・2018年の市場規模は、シンガポール(525.8 → 767.2 → 1373.8)、マレーシア(251.4 → 392.4 → 670.2)、タイ(540.4 → 892.5 → 1831.5)、インドネシア(310.3 → 598.9 → 1410.1)、ベトナム(53.6 → 356.6 → 1373.8)※単位 百万ドル (出所:ユーロモニター) 2013年の市場規模(ドルベース)を2013年の為替の平均値97.5円/ドルを乗じて計算すると、2,935億円となる。
(※4)2004年の可処分所得を100とした場合の、各国の2011年時点での伸び率は、シンガポール(169)、タイ(203)、マレーシア(218)、インドネシア(257)、ベトナム(257) (出所:ユーロモニター)
(※5)出所:[経済産業省]平成25年度日アセアン越境電子商取引に関する調査、6.3.8参照
(※6)出所:[経済産業省]平成25年度日アセアン越境電子商取引に関する調査、6.3.2参照
(※7)出所:[経済産業省]平成25年度日アセアン越境電子商取引に関する調査、6.4.6参照

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