バイオマス通信4 セルロース系バイオエタノール商業生産開始と日本のバイオエタノール戦略

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米国でセルロース系バイオエタノールの商業生産開始

今年の夏、日本は局地的に記録的な集中豪雨に襲われ、地球温暖化などが要因として指摘される異常気象の頻度が高まっていることを実感した読者も多いと思う。地球温暖化の原因は、指数関数的に増加する化石燃料の使用によって排出するCO2が地球を覆い、地表付近に熱がこもることで引き起こされることが大きな要因とされる。バイオ燃料は、植物がCO2を吸収し光合成で糖やデンプンを作るため、その糖やデンプンから作ったエタノールを燃焼してもCO2の収支はニュートラルであるという考えから、地球環境に良いとされる。


バイオマス通信では、これまで米国のバイオエタノール産業の動向を見てきたが、この9月に第2世代の先進的バイオ燃料であるセルロース系バイオエタノール生産プラントが幾多の困難を乗り越え、アイオワ州で商業生産を開始したという業界待望のニュースが発表された。この工場は、トウモロコシの芯や葉、茎などの食用でない農業廃棄物(厳密には土に戻すため廃棄物とはいえないが)を集めてバイオエタノールを生産する。この技術は主要成分のセルロースを30種類の酵素と酵母で糖に変換し、その糖を発酵でエタノールへと変換するもので、実験室では可能であるものの、商業的には実現不可能であろうと多くの関係者から冷ややかな目で見られていた技術の初めての実用化である。

米国農家創業のエタノール企業とオランダ企業の合弁会社が製造開始

このアイオワ州の工場は“Project Liberty”と名付けられている。米国のバイオエタノール大手のPOET社とオランダの大手化学会社DSM社が、共同で有限責任会社POET-DSM Advanced Biofuels, LLCを設立し、POET社のバイオ精製施設にプラントを設置した。2社の出資金額は275百万ドルで、年28万5千トンの農業廃棄物を処理し、最大で年9.5万kl(初年度7.6万kl生産予定)のエタノールを生産できる。もちろん商業生産にこぎつけるには民間の自助努力のみでは不可能で、米国政府も多額の補助金を出している。エネルギー省がプラント建設に100百万ドル、アイオワ州政府が資本コストとロジステックに20百万ドル、農務省は5万8千トンの農業廃棄物の配送支援とネットワーク構築に2.8百万ドルの補助金をそれぞれ分担した。オープニングには、州知事や連邦政府関係者の他、オランダ国王も出席し、オランダもこの事業に高い期待を込めていることを示した。


POET社は、米国中西部のトウモロコシ農家の親子が、倒産したバイオエタノール工場を買い取って再生の上拡大させたバイオエタノール大手企業であり、年16億ガロン(600万kl)のバイオエタノールを生産する。農家が手がけている企業だけに、農業への配慮も深い。農業廃棄物を調達する契約農家に対しては土壌保全のため、廃棄物の過半を土壌に還元するよう指導している。


DSM社は、NYSE、Euronextに株式を上場するオランダの大手化学会社である。ライフサイエンス分野に注力しており、過去5年の同社株価を見ても同社への投資家の評価は高い。今回の合弁事業に対し、DSM社は酵母(微生物)技術を提供した。同社の広報資料では、“Project Liberty”は企業と国の垣根を越え知識・技術を共有した新しいイノベーションの在り方を世界に示したと自画自賛している。“Project Liberty”は、バイオエタノール生産とライセンス収入により、2020年までに年250百万ドルの売上を見込んでいる。

逆風の再生可能燃料基準(RFS)に現実感

このセルロース系バイオエタノール商業生産開始は、米国環境保護庁(EPA)が推進している再生可能燃料基準(RFS)に現実感を与えた。RFSは、輸送部門のカーボンニュートラル社会を推進する革新的な環境政策であるが、食料とのバッティングや、今後の使用義務の中心となる第2世代のセルロース系バイオエタノールの商業生産の遅れで近年世論から相当な批判を浴びていた。“Project Liberty”によるセルロース由来のバイオエタノールの商業生産開始は、この批判を和らげるとともにバイオ燃料への投資が地域、業界(化学、廃棄物等)の広がりを見せて再燃する可能性を秘めている。米国では、2014年後半には化学大手のデュポンなどもセルロース系バイオエタノールの商業生産を開始する予定とされ、この分野への投資が化学業界を巻き込んで進展すると思われる。

日本では国産バイオエタノール製造への支援は打ち切り

一方、日本のバイオエタノール生産では、いずれも第1世代であるが、農水省が、2007年から北海道二か所(原料は余剰てん菜及びコメ)、新潟一か所(原料はコメ)で行われている国産バイオエタノール製造・販売事業に計200億円を超える規模で支援していた。このバイオ燃料生産拠点確立事業に対し、外部有識者からなる検証委員会の検証(※1)の結果、3事業は原料の調達が困難で自立化、事業化の見込みがないとされ、農水省は2014年7月、2014年度で支援を打ち切る決定を発表した。国産の施設の生産能力は、年0.1万kl~1.5万klで、米国の同24万kl/施設、ブラジル同6.5万kl/施設に比べはるかに小さい。実証プラント並みの規模では、減価償却費を賄い利益を出すのは補助金が必要なのは自明な気はするが、社会性があるにせよ、今後毎年20億円の補助金を続けるかは悩ましいところである。ただ、この決定により国産バイオエタノール事業には実現可能性の壁が大きく立ちはだかった感がある。今後、3事業の継続は困難と思われ、熱意を込めて取り組んでいた関係者の無念さは容易に想像できる。


今回の議事録や報告書では、製造工程の原価の見込みの議論が中心であるように思われる。委員会の性質は違うにせよ、カーボンニュートラル(※2)を志向する新しい産業を興すための課題解決へ向けての突っ込んだ議論が少なかったのは、筆者としては少し残念な気がした。地球環境のためとはいえ、消費者が手軽に利用できるガソリン燃料をカーボンニュートラルなバイオ燃料に置き換えてゆくことは大変な事業である。それを、事業全体の一部分であるエタノール製造部門への支援と関係者の努力のみで実現させようとするのは困難であることは容易に想像できる。新事業を開発する立場からすれば、資源作物の生産、収集運搬、エタノール生産、ガソリンとの混合、販売という一連のバリューチェーンの構築には行政や農家を含む事業構成員の合意形成と国民的な支持が欠かせないと思う。各工程の構成員が事業メリットを認識した上で、各々の持場で効率を向上させ、各工程間で物と金がスムーズに流れる努力を行う必要がある。この一連の流れがスムーズに行くように、行政は総合的な見地から公的資金を継続的にかつ効率よく投入し、事業の壁になっている規制があれば緩和することが必要であろう。新規事業の開発支援で、一連の事業の流れを見ずに製造工程のみに公的資金を投入すれば、それは関係者の努力も金も無駄になる確率は高いし、無駄と判定した場合、国民にカーボンニュートラルという崇高な事業理念に対する誤ったメッセージを送る恐れもある。

アジアでの開発輸入の可能性に期待

さて、日本のバイオエタノールは、国産は困難だが、エネルギー構造高度化法により、2017年度に原油換算で50万kl(84万kl)を輸入することとなっている。これはブラジルからの輸入が中心となろうが、輸送にかかるエネルギーを考慮した場合、この輸入量の一部でもアジアでのバイオエタノール開発生産輸入の形で生かしてもらいたいものである。中国やASEAN各国も輸送用燃料として、バイオエタノールをガソリンに添加する政策を推進しているが、原料の安定調達の課題があり、順調に進んでいない。しかし、アジアの原料費や生産費の安さ及びバイオエタノールの製造工程で副産物として大量生産される飼料の存在を考慮すると、現地大手飼料畜産会社や製糖会社等と日本企業が連携して、バイオエタノールの生産を行うことは可能なのではないだろうか。日本が貢献できる資源作物の栽培技術、品種改良技術、発酵技術、省エネ技術を現地企業に提供することにより、アジアでバイオエタノールを大量生産し、その一部を日本に輸入するというシナリオの実現可能性はあると思われる。ノウハウの提供により、国産にチャレンジした新潟や北海道の技術も無駄にはならず、自動車の増加で石油の調達に苦慮するアジア各国の課題解決にも貢献できる。また、日本に輸入することで、日本のカーボンニュートラル社会の実現にも貢献できるのでないだろうか。バイオ燃料生産拠点確立事業検証委員会で目標としたエタノール1l=100円の達成をアジアで実現することは、立派なリバース・イノベーション(※3)であると思われる。


「情けは人のためならず」という意味が誤解されている言葉があるが、中国/アジアでバイオエタノール産業が立ち上がれば地球温暖化防止となって日本国民に裨益するという本来の意味で、各省庁や民間が総合的な見地から連携しODA等を活用するなどして、中国/アジアのバイオエタノール産業の育成に貢献してもらいたいと願う。


(※1)農林水産省 平成26年5月9日付けプレスリリース 「バイオ燃料生産拠点確立事業検証委員会報告書」の公表について
(※2)バイオマスは、生物が光合成によって生成した有機物であり、バイオマスを燃焼すること等により放出される二酸化炭素は、生物の成長過程で光合成により大気中から吸収した二酸化炭素であることから、バイオマスは、ライフサイクルの中では大気中の二酸化炭素を増加させない。この特性を称して「カーボンニュートラル」という。農林水産省「平成18年度 食料・農業・農村の動向」の「用語解説
(※3)米国経営学者(ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル)のベストセラー経営本から来ている。GEが途上国向けに開発した医療機器が、低価格と性能で全世界で売れたということが例に取り上げられている。新興国市場向けに開発を行った商品を、先進国でも展開し、グローバル市場のシェアを拡大する戦略をいう。

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