アジアンインサイト
ミャンマーにおける繊維産業の現状と将来性

2014年1月16日

  • アジア事業開発グループ シニアコンサルタント 村田 素男

ミャンマーにおけるアパレルセクターへの直接投資が大幅に増加している。ミャンマー国家計画経済開発省投資企業管理局(DICA)のデータでアパレルセクターへの投資認可をみると、2011-12会計年度(2011年4月-2012年3月)には、件数が11件、金額が3,200万ドルに過ぎなかったが、2012-13年度になると、件数が50件、金額が1億5,700万ドルと、それぞれ約5倍に増加している。2013-14年度についても、年前半(4~9月)のデータを見る限り、件数が28件、金額が1億2,200万ドルと通年では前年度を上回りそうな勢いを示している。

これには、理由が2つ挙げられる。第1に、いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」と呼ばれる動きである。アパレルセクター(縫製部門)を含む繊維産業全体の一大集積地である中国において、人件費が高騰するとともに、労働者の確保が困難になったことから、繊維産業の川下で労働集約的なアパレルセクターを、ミャンマー、カンボジア、バングラデシュ、ベトナムなど労働コストが低い国々へ移転させる動きである。第2に、2012年にEUによる経済制裁撤廃に引き続き、米国によるミャンマーに対する経済制裁がほぼ解除されたことが挙げられる。従来ミャンマーのアパレル輸出は、日本と韓国向けを中心にしてきたが、経済制裁の撤廃によって、今後は経済制裁下ではできなかった欧米向けの輸出増加が見込まれる。

こうした2つの動きが相俟って、商業省の速報データによると、同国のアパレル輸出額は、2009年の1億7,600万ドルを底に、2012年には6億5,200万ドルにまで増加している。さらに、ミャンマー・ガーメント協会に加盟しているアパレル企業数も、2011-12年度には外資100%企業が21社であったものが、2012-13年度には60社と大幅に増加したほか、地場企業も、欧米による制裁開始後に当たる2004-05年度の112社を底に徐々に増加し、2012-13年には165社となっている。

縫製部門は、労働力が豊富で人件費のより低い場所へ工場が移転してきた歴史がある。ジェトロの調査では、2013年10月時点の日系製造業のワーカーの平均月収は、ミャンマーが71ドル、周辺国ではバングラデシュ86ドル、カンボジア101ドル、ベトナム162ドルである。世界中を見渡してミャンマーよりも人件費が低い地域は、インドの内陸部などに限られるとみられる。一般に人件費が低いと思われているアフリカでは、実際はインフラの未整備などによって物流コストが高いことから、生活費が嵩んで労働コストが高く、製造業が立地しにくいことが問題となっている。世界のアパレル企業にとって、もはやこれ以上の「逃げ場所」はほとんどなく、今後ともミャンマーを生産委託先として視野に入れてゆかざるを得ないという「追い風」もある。

では、「ミャンマーのアパレルセクターの将来性はバラ色か?」と言えば、必ずしもそうとは言い切れない。

まず、同国においてアパレルセクターはようやく発展しはじめたばかりである。上述のアパレル輸出額は、競合相手であるカンボジアの輸出額の14%、ベトナムやバングラデシュと比較すると10%に満たない。今後、労働コスト、労働力の豊富さ、労働生産性、商品の付加価値などを睨みながら、これらの国々と競争して行かなければならない。

その際に、短期的な課題としては、電力供給不足と土地代の高騰が挙げられる。電力供給が不足していることから、停電が長時間に亘り、買電の3倍程度のコストがかかる自家発電で対応せざるを得ず、また、近く産業用電力料金の値上げも見込まれている。さらに、ヤンゴン周辺では工業団地の空きが少ないうえに、工場団地のリース料が高騰しており、ヒアリングによれば前年比2倍以上を要求されている工場もある。こうしたことから、収益性が悪化して上記競合国に対する競争力が低下する恐れもある。

さらに、中期的な課題として2点挙げられる。労働力が豊富な内陸部への投資の広がりとCMP(Cutting, Making and Packing)からの脱却である。

まず、ミャンマーがアパレルセクターでバングラデシュやカンボジアと比較して有利な点として、従来は労働力の豊富さが挙げられてきた。しかし、最近ではヤンゴン周辺ではワーカーの確保が徐々に難しくなっている。そのため、一部のアパレル企業の間では依然として労働力が豊富な内陸部への移転や投資を検討開始している企業がある模様である。かつて中国でもこうした動きがあった。しかし、ミャンマーでは物流コストが高いうえに道路等の交通インフラが未だ十分整備されていないことから、実際には内陸への投資は容易ではない。内陸部への投資認可は2011-12年度以降わずか1件のみに留まっており、輸出港が近いヤンゴン周辺に投資が集中しているのが現状である。

一方、ミャンマーのアパレルセクターでは、カンボジアなどと同様に、CMP*と呼ばれる生地や付属品など原材料を顧客が指定して費用も負担する方式で製品が生産・輸出されている。メーカー側としては、コスト負担が少ないことがメリットであるが、利益率は低い。そこで、利益率を向上させるためには、今後メーカー側の裁量で一旦コストも負担して原材料を調達する「FOB」と言われる(※1)方式に移行することが必要である。これは、ガーメント協会をはじめ業界関係者の共通認識でもあるが、移行するには自前の資金調達と生地の品質とデザインを目利きする眼力が必要になる。外資系メーカーの場合、親子ローンで資金調達することもできるが、地場メーカーの場合は銀行借入の際に信用力に欠けることが多い。また、銀行借入の金利も13%台と資金調達コストが嵩むことから、協会幹部は地場企業のファイナンス対策を検討課題として挙げている。さらに、輸出市場で必要とされる生地を目利きして発注するためには、そのための人材育成も必要になろう。

長期的な課題としては、アパレルの原材料を生産する川上の紡績セクター、川中の織布セクター、川下の縫製セクターに至る一貫生産が本来は望ましいが、ミャンマーでこれから川上と川中セクターを整備することは容易ではない。同国の川上と川中セクターは脆弱で、川上から川下までの一貫生産はほとんどできていないのが現状である。例外として、国営繊維公団に川上、川中、川下の各工程を含む工場が11か所あり、表面上は公団としての一貫生産が可能である。しかし、生産設備の老朽化や経営感覚の欠如などから、国営工場は十分機能していない。工業省では、民間企業に対して各工場のレンタルを働きかけているが、現状ではほとんど進展がみられない。競争力がある国営工場はすでに民営化されており、繊維公団に残った11工場に民間セクターが関わることは容易ではない。民間では、紡績会社が中部のマンダレーに数社あるのみであるほか、川中では民族衣装のロンジーや地場市場向けシャツを製造する家内工業が多数あるが、目立った規模の織布メーカーが存在しない。

アジアの一貫生産では、中国が群を抜いた存在であるが、最近ではインドネシアでの一貫生産による製品の評価が高まっている。ミャンマーのアパレル企業は、生地をこれら2か国やタイからの輸入に依存しているのが現状で、川上と川中セクターを今後整備すべきかどうかについてのコンセンサスは、政府や業界関係者の間では未だできていない。日系の商社やアパレルメーカーへのヒアリングでも、ミャンマーで川上と川中セクターを育成することについては、疑問視する向きが少なくない。紡績セクターの投資金額がアパレルセクターと比較して同じ敷地面積の工場で10倍程度と初期投資の金額が大きく、資本が十分でないミャンマーでは外国投資に期待せざるを得ない。しかし、1992年から実施されているASEAN自由貿易地域(AFTA)や2015年発効予定のASEAN経済共同体(AEC)に基づいて、既に輸入関税がほぼ撤廃されていることから、国内生産をしても輸入品との厳しい競争に晒されてしまう状況を勘案すると、外資の誘致を行う上での競争力が高いとは言い難い。しかも、日本の繊維メーカーは電子分野にビジネスの主力が移っているほか、川上と川中のメインプレーヤーの一角を占める台湾と韓国のメーカーも、新規投資には慎重とみられる。

装置産業である川上、川中セクターを敢えて育成するには、まず輸出によってアパレルの生産量を現在よりも大幅に増やすことによって、糸や生地の国内生産が輸入よりも安価になるような生産量を確保できる川下からの注文量増加が必要不可欠である。その上で上流分野への投資を促してゆく必要がある。ベトナムやバングラデシュではようやく上流のセクターが発達する段階に達したところである。

また、その一歩手前の段階で、アパレルメーカーがCMPからFOBに移行して、自らの目利きで輸出市場において戦えるようになる必要がある。これができていないと、輸出に耐える品質の製品を生産する上流部門が国内では育たない。この点については、最近欧州系アパレル企業が同国の韓国および台湾系のアパレルメーカーにFOBを条件に発注を始めており、ようやくFOBが同国にも根付こうとしている段階である。

川上と川中セクターを育成するためには、政府と業界団体の間でのコンセンサスが必要である。そのうえで、川下における上述の短期的および中期的な課題解決への努力や川上と川中で使用する生産機械の輸入関税減免をはじめとする産業政策も必要となろう。政府がこうした産業育成策を含む繊維産業への総合的な投資誘致ビジョンを、本腰を入れて描くことが望まれる。

(※1)CMP(Cutting, Making and Packing)とFOB (Free On Board)
アパレルセクターで商品を輸出する際に、原材料の選定・調達とコスト負担を顧客側が行うかアパレルメーカー側が行うかの違いを示す業界用語である。CMPでは、顧客が原材料(生地とボタン等の付属品)の選定・調達とコスト負担を行ってアパレルメーカーに加工を委託し、メーカーに委託加工手数料を払う。通常は顧客が原材料を海外で調達するケースが多い。これに対し、FOBではメーカー側が原材料の調達・選定し、利益を上乗せして販売する。CMPはCutting, Making, and Packing(裁断、縫製、包装)の略で CMPT(Cutting, Making, Packing and Trimming(仕上げ))またはCMT(Cutting, Making and Trimming)とも呼ばれる。一方、ここで言うFOBは、貿易決済用語であるFree on Boardとはほぼ無関係である。

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