フィリピンの三輪タクシー電動化への期待

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東南アジア各国では、三輪タクシーが安価で便利な公共交通機関として普及している。タイの「トゥクトゥク」が有名だが、フィリピンの三輪タクシーは「トライシクル」と呼ばれ、自動二輪車の横に乗客用の屋根付サイドカーを取り付けたユニークな乗り物である。定まった運行ルートはなく好きな場所へと運んでくれ、生活には欠かせない庶民の足として重宝されている。フィリピン国内には現在350万台以上のトライシクルが走っているが、今このガソリン車のトライシクルを電動トライシクルに置き換えるという国家プロジェクトが動き始めている。


このプロジェクトは、フィリピンエネルギー省がアジア開発銀行(ADB)の支援のもと約5億ドルの資金を投じて進めており、政府は2017年までに10万台を電動化する計画である。電動化を進める主な目的は、大気汚染の緩和とガソリン輸入代金の軽減にある。とりわけ大気汚染は、老朽化したトライシクルやジプニー(乗合バス)等の有害な排ガスが一因とされ、交通渋滞が慢性化しているマニラ首都圏で呼吸器系の健康被害を招くなど深刻な社会問題となっている。本プロジェクトでは製造業者が入札により選定されるが、これには各国の企業が関心を寄せている。日系では渦潮電機やテラモーターズなどが参入を表明し、受注に向けて現地法人を設立するもよう。落札企業が製造する電動トライシクルは都市部の地方自治体が受け入れ、ドライバーがリース後に所有できる仕組みが検討されている。


フィリピンは裾野産業に広がりのある自動車産業でタイやインドネシアに大きく水をあけられており、政府は本プロジェクトを契機に自国自動車産業の活性化と併せてEV(電気自動車)産業を育成し、雇用創出につなげたい考えだ。EV車両の組立・製造業は投資誘致機関である投資委員会(BOI)の奨励業種に指定されており、政府は企業に対し最長8年間の法人税免除に加え、部品輸入の関税免除などの恩典を付与している。


このように政府が本腰を入れて取り組む電動化であるが、電動トライシクルを一般に普及させるうえでまだ乗り越えるべき課題が少なくない。特に、ガソリン車に比べて割高な価格はネックである。トライシクルドライバーには生活費を稼ぐのに精一杯の個人事業者が多く、環境への影響を考慮して高額な電動トライシクルに乗り換えるインセンティブは低いと考えられる。また、長距離化、高速化、充電時間の短縮化の実現や、充電ステーションの整備も課題である。とはいうものの、技術やノウハウを持った企業であれば、新市場開拓の商機でもあるだろう。2015年のASEAN市場統合を見据え、上記の課題を解決しつつまずはフィリピン国内で量産化を図り、着実に市場シェアの獲得を目指したいところだ。


一方、大気汚染改善の観点からは、政府は電動化と併せて、先進国の事例を参考にしながら、排ガス検査の強化や公共交通インフラの整備による渋滞緩和などにも引き続き取り組む必要があろう。依然として貧困等を抱え経済成長や雇用創出が重要課題であるフィリピンではあるが、電動化プロジェクトが早々に軌道に乗り、経済成長と環境保全を調和させた社会の構築が進むことを期待したい。

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