アジアンインサイト
ベトナムの特異な資本逃避 -国内で邦貨ドンから金・ドルへ-

2012年9月13日

  • アジア事業開発部 服部 亮三
どのような統計にも「誤差脱漏」はつきものである。それが途上国の統計ならなおさらであり、少々の誤差脱漏があっても大して気にはしないだろう。だが、国際収支統計で、大きなマイナスの誤差脱漏がある時には注意しなければならない。それは、海外への資本逃避などインフォーマルな資本流出を表すことが多い。

下表は、ベトナムの国際収支表(2005年~2011年)。2009年以降、「誤差脱漏」、および「資本収支」の「その他投資」(資産)の中の「その他部門」に、巨額のマイナスが記載されている(表の色を付けた部分)。

例えば、2009年では「誤差脱漏」が▲90億米ドル、「その他部門」が▲47億米ドル、計▲137億米ドルの巨額の資本流出があったため、総合収支は前年の5億米ドルから一転、▲85億米ドルの赤字となり、外貨準備高(金を除く)は2008年末239億米ドルから2009年末164億米ドルへと大きく減少した。

ベトナムの国際収支表
出所: IMF, International Financial Statistics, July 2012より筆者作成。


先ほど、大きなマイナスの誤差脱漏は、海外への資本逃避などを表すことが多いと述べた。しかし、このベトナムの場合、非常に興味深い点は、非居住者(海外の投資家等)が直接投資や証券投資としてベトナムに資金を流入させているのに対し、居住者(国内のベトナム人等)が邦貨ドンを金やドルに換えるという形で、国内で資本逃避を行っていることである(※1)

また、「資本収支」の「その他投資」は通常、銀行の貸付・借入や貿易信用が主なものだが、「銀行部門」ではなく「その他部門」には非銀行主体の現預金や非貨幣用の金の取引が計上される。ベトナムで2009年以降この部分が急増しているのには、フォーマルにドンを金・ドルに転換した額が含まれているものと考えられる。

 下図はその構造を図示化したもの。資本収支(「その他投資」(資産)の「その他部門」を除く)は大幅な黒字だが、2009年以降はそれと同じくらい「誤差脱漏」と「その他投資」(資産)の「その他部門」の赤字が大きくなっている。

ベトナムの国際収支の構造
出所: IMF, International Financial Statistics, July 2012より筆者作成。


驚くべきことに(次表)、1990年代中頃のベトナムでは、金が資産として最も選好され、加えて富裕層は不動産、貧困層は籾米・米などの形態で資産を保有していた(資産代替)。また、都市部では米ドルが支払い手段として機能していた(通貨代替)。その後この、いわゆる「金・ドル経済」は落ち着いてきたかのように思われていたが、2008年以降の物価上昇と為替下落で、急激な金・ドルへの資産代替が生じたわけである。つまり、物価上昇→為替下落、金・ドルへの資本逃避→輸入物価の上昇→物価上昇→為替下落、という悪循環が起こっていった。

こうした状況を受け、2011年2月の第11号決議で、ようやく安定化政策が始まった。この政策の実効性については懐疑的な見方が強かったが(※2)、物価上昇率の低下、為替レートの安定など予想以上の成功を収めている(※3)。だが、上に見た資本逃避は、2011年も「誤差脱漏」が▲55億米ドル、「その他投資」(資産)の「その他部門」が▲69億米ドルとおさまっていない。ベトナムが保有する金は、一説には210億米ドル~450億米ドルもあると言われており(※4)、脱「金・ドル経済」はなかなか容易なことではない。

ベトナム家計当たり貯蓄構成(階層別(1))
出所: 服部亮三、「ヴィエトナムの財政金融」、『ヴィエトナム国別援助研究会報告書現状分析編』、国際協力事業団、所収、1995年。

(※1)例えば、World Bank, Taking Stock, An Update on Vietnam’s Recent Economic Developments, June 2011. 等を参照。
(※2)The Economist, “Vietnam: Hero to zero, The Communist Party sticks to its principles and the economy stalls”, 31st March 2012. など。
(※3)安定化政策については、World Bank, Taking Stock, An Update on Vietnam’s recent Economic Developments, June 2012. に詳しい。
(※4)“Rand Refinery Daily Gold Update”, 30 June 2011.


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