中国経済を見る戦略キーワード(2)

—成長は保八から破八へ、そして高齢化へ3つの懸念—

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保八から破八への転換
2012年上半期の中国全土の成長率は年率で7.8%と久々に8%を割った(破八)。中国では従来、雇用への影響から8%以上の成長を維持する(保八)ことが至上命題のように考えられていただけに、にわかに中国経済の減速を懸念する声が内外で高まっている。ただ、地域別の成長率には大きなばらつきがあり、7月中旬までに発表された20の省・直轄市をみる限り、基本的に西高東低(西快東慢)である。中西部地域は大半が10%を超える一方、東部は10%以下が多く、ちょうど10%が東部と西部を分けるラインとなっており(東西部分界線、7月23日付第一財経他)、天津(14.1%)と福建(11.4%)のみがこの境界線を超えている。20の省・直轄市の中では、貴州の14.5%がもっとも高く、北京の7.2%が最も低い成長率だ。

破八をそう騒ぐ必要はなく冷静に見るべきとの指摘が、当局のみならず、一般のメディア上でも散見される(7月16日付国際金融報、31日付経済参考報他)。7%台でも、先進経済や他の新興国と比べても十分高く、世界経済をリードする成長率であること(全球)、政府の当初目標7.5%よりなお高いこと、何も考えず8%以上の成長を目指して政策転換をすると、不動産バブル(房地産泡沫)を再来させることになるとの警告である。したがって、保八に固執しすぎるべきでなく(無需過于執着)、破八に対しては、落ち着いた態度を保持すべき(保持淡定)ということになる。淡定は、近年中国のネット上で頻繁に使われるようになった一種の流行語(熱詞)で、木木と称する流行作家の三部作、「誘惑的人生要淡定」、「人生要耐得住寂寞」、「淡定的人生不寂寞」から来ているようだ。誘惑の多い人生には落ち着いた態度が必要、またそうした態度をとることで人生の寂寞から解放されるというものだが、これには、達観、あきらめといったニュアンスも漂う。7%台への減速は、高度成長の中でのひと休みと考えてよいのか(舒口気)、中国経済が本格的に高度成長から中成長へ移行する長期的転換点()に立ち、経済が全体として平台整理期に入りつつあるのか、今後注視していく必要がある。


3つの養老之憂
急速に進む高齢化に対する懸念(養老之憂)がもはや無視できなくなっている(不容忽視)との議論が、専門家やメディアの間で盛んになっている。第一は、高齢化社会に対応する産業が未発達であること(産業之慮)、たとえば2010年末、養老施設のベッド数は老齢人口総数の1.59%にすぎず、先進国の5-7%はおろか、一部発展途上国の2-3%にも満たない。養老施設は全国に約38,000しかなく、専門的人材が少なく経営効率も著しく悪い。第二は、高齢者の生活環境が困難を極めていること(生存之窘)、2010年末、要介護高齢者は3,300万人、うち1,080万人は完全介護が必要、2015年には、これが各々4,000万人、1,200万人以上に増えると言われている。なかでも、一人暮らしの要介護老人(空巣老人)が急速に増えている(以上7月27日付経済参考報等)。第三は、年金財政の資金難(資金之困)だ。

資金難への対応策として定年延長が有力案として当局者から提示されているが、高齢者に対しさらにひどい扱い(雪上加霜)をするもの、高齢化からくる労働力不足を定年延長で緩和しようとするのは、西側流の場当たり的な対策(頭痛医頭脚痛医脚)で馬鹿げた考え(主意)と拒否反応も強い(7月3日付環球網、4日付経済参考報)。そこで、保険カバー率の向上、国有株の売却収入の社会保障基金への移転()等をパッケージとした開源節流の必要性が専門家の間で主張されている(7月13日アジアンインサイト)。開源節流は、中国でも歴史上の故事に由来する。早くは、春秋時代の思想家孔丘が提起した概念で、その後、戦国時代の思想家荀況が「富国篇」の中で説いた富国戦略で用いられているという。「国を豊かにかつ強くするためには、民衆を慈しみ、国家財政の収支では開源節流、日本語で言えばまさに、‘入るを量って出ずるを制す’を心がけることが肝要、それによって国民は安心して働き生産が拡大、国も豊かになる(下富則上富)」とされる。反対に、「国が生産にかまわず物資の浪費ばかりしていると、国民は貧困にあえぐことになる(下貧則上貧)」。現代社会では「下」、「上」といった表現はなじまないが、意図は通じる。国家財政が大赤字の日本にとっても耳が痛い。

しかしより根本的な問題として、中国は途上国のままで高齢化を迎える(未富先老)可能性が高く、現役世代が支払う保険金を、その時の高齢者の年金支払いに充てる賦課方式(現収現付)が持続可能でなくなるおそれが高い。本来、当該個人の退職後の年金支払いのため積み立てられている保険金個人負担分も、現在の年金支払いに流用()され、社会科学院の推計では2011年、基本養老保険個人口座には帳簿上2.5兆元あるが、実際には現金は2,700億元しかなく、2.2兆元がとなっており、保険金の個人負担分と企業負担分を各々、確定拠出(完全積累)と現収現付の原資として明確に区分(做実)する必要性が指摘されている(7月23日付経済参考報)。またそもそも、改革開放の過程で西側先進国同様の全国民強制加入の基礎年金、任意の企業年金といった2層、3層建ての年金制度を導入したとされているが、役所や大学等では、なおかつての鉄飯碗(ゆりかごから墓場まで面倒を見る)が残っている。中国では、高齢化への対応で、開源節流も重要だが、それ以前にやるべきことが多い。


晒三公は触目
6月、審計署は2011年審計工作報告(会計検査報告)を発表、多くの行政経費の不正使用、浪費の実態を指摘した。しかし、一般国民やメディアの反応は総じて冷ややかだ。米国をベースとする中国語サイト自由亜洲電台(6月29日付)は特に辛辣で、指摘されている例だけでも一般庶民を驚かせるものだが(触目)、もちろん誰もがこれらは氷山の一角(山一角)にすぎないと考えており、現在すでに問題が手の施しようのない深刻なところにきている(病入膏肓)とまで指摘している。

昨年から晒三公(公用車、公務海外出張、公務接待の公開)が始まっているが、公表された数値は人々に疑念を抱かせるもの(令人生疑)と、なお批判的な声が多い(8月3日コラム)。経費の公開が問題の根本的解決につながらない背景には、自上而下(なんでも上から下へ、トップダウン、政府はお上)という、歪んだ()社会価値観、社会権利文化腐敗文化の交錯、政権運行と腐敗の交錯があり、三公経費の支出は権力消費に他ならず、それは自然には止まらない(自然不止)との専門家の指摘は深刻だ(7月20日付財新網)。


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