高成長の陰で高まるアジア新興国の労務リスク

~ベトナム、インド、中国の所得格差は拡大傾向~

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労働力が豊富で賃金コストが低い国では、多くの外国企業が進出することで経済が発展するが、成長の過程では労働者が待遇改善を求めてストライキやデモを起こすケースがある。特にこの2ヵ月間では、ベトナム、インドネシア、インド等、日系企業が多く進出している国での動きが目立っている。

ベトナムでは6月7日にハノイにあるキヤノンのタンロン工場で大規模な賃上げストが発生。経営側が賃上げに応じたことで、ストは数日後には収束したが、同じ工業団地に入居している他の日系企業にもストが波及した。インドネシアでは、6月19日、ジャカルタ郊外の日系企業の集積地で労働者約6,000人がデモに参加、また、7月12日にはジャカルタ中心部で、最低賃金の算定基準改定と請負労働の廃止を求めて約2万人がデモを行った。インドでは7月18日にスズキの工場で従業員による暴動が発生し、インド人幹部1人が死亡、日本人幹部を含む約100人が負傷した。

デモやストライキの背景には、高いインフレ率による生活環境の悪化等があるが、構造的な問題として、経済水準の向上に伴って所得格差が広がっていることが考えられる。


図表1. 世界各国の経済水準と所得格差(2010年)

図表1. 世界各国の経済水準と所得格差(2010年)

(出所)IMF、Euromonitorより、大和総研作成


図表1では、IMFとEuromonitorの統計から、2010年の世界70ヵ国について、経済水準と所得格差の関係を示している。経済水準では1人あたりGDPを、所得格差ではジニ係数(0から1までの値をとり、0に近いほど所得格差が小さいことを表す)を用いている。

経済水準と所得格差の中央値を基にグラフを上下左右に4分割し、東アジア・東南アジアの主要12ヵ国をみると、(1)経済水準が高く所得格差も小さい右下ゾーン(日本、韓国、台湾)、(2)経済水準は高いが所得格差も大きい右上ゾーン(シンガポール、香港)、(3)経済水準は低いが、所得格差が大きい左上ゾーン(マレーシア、中国、タイ、フィリピン、ベトナム、インド、インドネシア)に分類できる。最近のストライキやデモは、(3)の「経済水準が低いが所得格差の大きい国」で起こっている。

図表1では、左上と右下のゾーンに国が集中しているため、一見すると、東南アジアや中国の経済水準が今後さらに向上すれば、所得格差が縮小するようにもみえる。しかし、1990年から2010年までの20年間の変化でみると、実際には逆で、経済水準の上昇は所得格差を拡大させたケースが多い。


図表2. アジア諸国の経済水準の発展と所得格差の変化(1990年→2010年)

図表2. アジア諸国の経済水準の発展と所得格差の変化(1990年→2010年)

(出所)IMF、Euromonitorより、大和総研作成


中にはフィリピンやタイのように、経済水準が上昇する過程で、所得格差が縮小する例もあるが、これは両国が1990年時点の所得格差が他国に比べて非常に大きかったことも影響している。両国以外はおおむね右上方向に進み、特にベトナム、中国、インドでのシフト幅が大きい。これらの国では、外国資本の参入で雇用機会が増え、国民全体(平均)の所得水準は上昇しているが、同時に賃金格差が広がったことで、ストライキやデモが起きやすい状況になっていると考えられる。

また、税制の面からも、東南アジア諸国、中国、香港では相続税や贈与税がないため富が集中しやすく、所得格差の一因にもなっている(日本、韓国、台湾には相続・贈与税がある)。


IMFでは、2011年と比べた2016年の1人あたりGDPについて、中国、ベトナム、インドネシアが6割増、インド、タイが5割増、マレーシア、フィリピンが3割増と見込んでいる。過去の傾向から予想すれば、特に中国、ベトナム、インドネシア、インドでの所得格差が広がる可能性は高い。経営者は物価動向から賃金インフレを予想するだけでなく、所得格差の状況を考慮した労務リスクを念頭に入れ、事業戦略を検討する必要があろう。


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