(民間非正規高利貸の実態)

温州では、10月の国慶節前から民間借貸(非正規高利貸)の問題がクローズアップされるようになり、温家宝首相も、人民銀行行長や銀行監督委員会幹部らとともに、10月上旬、温州を訪れた。現地報道によると、少なくとも80以上の中小企業の経営者が行方をくらまし(跑路)あるいは自殺、倒産件数はそれ以上にのぼる旨である。人民銀行温州支行によると、89%の個人、60%の企業(中小が80%)が関与し、その規模は1,100億元にのぼっており、地域の民間資金の6分の1、銀行貸出の20%に相当する。資金源の大半は企業や個人であるが、10%は銀行資金が間接的に流れたものである(通常の貸出を拒否し高利貸を通して稼ぐという、言わば銀行のガバナンスの欠如の現れ)。順吉集団という温州の企業は、高利子を売り物に13億元の資金を集めた後、経営者は行方をくらましたが、その後発覚したところによると、資金の出し手の8割は公務員で、そうした現象は広くみられるという。借り入れられた資金のうち、実際の生産経費に使用された割合は35%、不動産投資に向けられたものが20%、民間借貸市場に滞留しているものが40%とされる。民間借貸で資金を借り入れた企業の95%は高利子に耐えず、5%は高利潤を求め借りた資金を再び高利貸へ回しており、リスクが膨れ上がるサイクルが発生し、米国サブプライム問題の「中国版」と称する識者も出始めている(以上、10月11日付中国企業報、6日付労働報、山東商報、9月29日付新快報等)。金利に関しては、銀行利子の4倍以内という上限金利規制が一応設けられており(人民法院「金銭貸借案件審理に関する若干の意見」)、これに基づくと、上限は現在年利30%程度になるが、実際は80%程度が多く、中には180%のものもあるという(9月30日上海証券報等)。しかし180%などという年利は極めて例外的で、平均は30%前後だとの指摘もあり(9月15日付中国経済時報)、実態はよくわからない。

民間借貸は、温州の位置する浙江省に留まらず、福建、広東、江蘇の各省から中西部、西北部へと広がりを見せている。民間借貸が活発な地域は、珠江デルタ地域など比較的富裕な地域と発達の遅れた農村地域に分化する傾向があり、後者に見られる共通の特徴は、近年何れも不動産市場が過熱気味で不動産関連の資金調達がタイトになってきていたこと、また前者の地域の特徴は、過半の中小企業が銀行等通常の金融機関からの支援が得られず、民間借貸市場に依存せざるを得なくなっている点であるとしている。たとえば浙江省および江蘇省の中小企業のうち、銀行から通常の借入れを行えるのは10%程度にすぎず、残りはみな民間借貸に依存している(10月6日付新京報、10月12日付中国評論新聞網)。人民銀行調査によると、昨年すでに残高規模は2.4兆元で、ここ2年間は年率28%を超える伸びを示しており、人民元貸出残高(2010年末、約48兆元)の少なくとも5%以上の民間借貸市場が存在していることになる(10月19日付ファイナンシャル・タイムズ紙は、明確なデータはないが、人民銀行は4兆元程度の規模とみているようであると報道)。他方、現象は局地的で、影響を過大評価すべきでないとの指摘もある。たとえば、9月30日付証券日報等は、ある調査結果として、本業に励んでいる中小製造企業はそれほど資金難ではなく、問題が起こっているのは、不動産投資や自らも高利貸をやっている企業であるとしている他、民間借貸が中小企業を破産に追い込んでいるというのは誤りで、むしろ多くの企業がこれによって破産を免れているとの指摘もある(天則経済研究所理事長、9月15日付中国時報)。さらに、中小企業にとって、通常の銀行から借り入れる場合、承認に時間がかかり担保も要求されるなど、極めて手続きがめんどうであるが、民間借貸の場合は、そうした煩雑さは一切なく、問題点だけを強調すべきでないとの意見もある(9月15日付中国経済時報他)。

(当局の対応)

民間借貸の拡大については、中国当局もすでに昨年から懸念を持ち始めており、2010年5月、国務院が「民間投資の健全な発展促進に関わる若干の意見」を発表し、その中で、民間資本が信用担保会社を設立する等、金融仲介サービス業務にもっと参入することを奨励している。さらに同年7月には,やはり国務院の弁公庁が関連通知を発表し、民間資本の金融分野への参入については、人民銀行、発展改革委等政府の8部門が監督責任を負うとしているが、これらはほとんど知られていないか、または無視する関係者が多く(9月13日付連合報)、それゆえに法的位置付けや監督体制のさらなる明確化、民間借貸の「陽光化(地下から地上へ引き上げること)」を指摘する声が多い(10月12日付人民日報、証券報等)。温首相の温州訪問後、国務院は、中小企業向け金融支援・優遇税制の強化、また中小企業向け不良債権についてはより寛容な姿勢をとるとした声明を発表、温州市自身も、本件を奇貨として、中小金融や農村金融の整備と、これらへの管理強化を内容とする「金融改革創新行動方案」を発表、温州を「国家金融総合改革試験地域」としていくことを浙江省政府、国務院に求める動きが見られる(10月20日付第一財経日報)。市場では、人民銀行が中小企業向け融資を行う金融機関に限定して、預金準備率を引き下げるという選択肢も憶測されている。こうした取り組みを通じ、本件はとりあえずは落ち着いてくるとしても、中国当局にとっては重い課題が残る。

(体制の外での市場原理の貫徹)

第一に民間借貸が特に最近になって拡大した背景として、需給両面の要因が指摘できる。まず需要面として、よく言われるように、中国ではなお銀行借入が企業のファイナンスの主要手段であるが、大手銀行は伝統的に大手国有企業中心に貸出を行ってきている一方、個人中小企業向けの中小金融機関は発達してこなかった。昨年来の金融引締め、特に預金準備率の度重なる引き上げで資金供給余力が低下する中で、銀行は国有企業向けに貸し出す傾向をさらに強め、その結果、ファイナンスに支障を来たした個人・中小企業が、銀行以外の可能なところで資金繰りをつける必要に迫られたことである。他方供給面としては、過剰流動性というマクロ的な状況の中で、投資(あるいは投機)先を求める資金が大量に存在していることがある。資金繰りに余裕のある企業や個人は、2006-07年は株や不動産中心、2008-09年は石油、骨董品、そして2010年には農産品や各種原材料と、その投機先を拡大・変化させてきたが、現在は株式市場の低迷や不動産市況の不透明感等が増す中で、カネそのものが不動産等に代替する最も大きな投機商品になってきている。銀行預金が実質マイナス金利(たとえば1年定期預金が3.25%に対し、直近のインフレ率は5-6%)になっていることも大きい。本件は、金利の市場化がなされておらず、また社債市場等もなお未発達で、余剰資金がうまく企業の生産活動に回っていく金融資本市場構造になっていないという中で、需要と供給双方の要因から、言わば体制の外で市場原理が貫徹した結果生じた、ある意味では起こるべくして起こった現象とも言える。その意味で、金利の自由化や政策金融のあり方等も含め、資金仲介機能を持つ、より健全で効率的な金融システムをどう構築していくのかという根本的な問題を提起している。また、金融政策の観点からすると、こうした体制の外でのファイナンスが増加する結果、表に出る統計が必ずしも経済の実態を表していないのではないかという問題がある。特に最近で言えば、発表される統計数字からは、昨年来の金融引締めにより、マネーサプライや人民元貸出の伸びが急速に鈍化している傾向が堅調であるが(何れも、昨年までの前年比20%を大きく超える伸びから、最近は10-15%程度の伸び)、これらはかなり過少評価された数値である可能性が高く、そうであるとすると、適切な金融政策を行う前提が崩れるという、政策面での深刻な問題を惹起することになる。

(社会主義市場経済下での民間セクターの役割)

第二に、本件は、そもそも中国の「社会主義市場経済」下における民間セクターの発展というより大きな問題と密接に関連している。中国では、江沢民・朱鎔基の前政権下で1990年代後半から、国有企業の民営化、産官学ベンチャー企業の育成など、民間セクターを拡大していく方針が打ち出された。97年の共産党会議で、私企業を「社会主義市場経済を補完するもの」から「その重要な要素」と位置付けたことに始まり、1999年、2004年の憲法改正で私有財産の法的保護を盛り込む他、2002年には企業家も共産党員の資格が得られるようにした。前政権のスローガンであった「3つの代表」のひとつ「共産党は広範な人々の利益を代表する」は、まさに民間セクター育成拡大の方針を示したものであったと言える。そしてその2大先進モデルと言われたひとつが浙江省「温州模式(モデル)」である(もうひとつは、進出外国企業に部品・原材料を提供する形で民間中小企業が発達した「広東模式」)。温州では、元来地域住民が起業に適した気質であることに加え、上海の後背地に位置するという地理的条件、地方政府の優遇措置などもあり、早くから多くの個人・中小企業が産業クラスターを形成する形で民間セクターが発展し、2002年には、浙江省総生産額に占める民間セクター生産のシェアは他の地域を大きく上回る47%以上、私企業数も2000年代初急速に増加し03年末で189万戸に達した。しかし現政権下では中国全体として、その反動として生じた格差是正が優先課題となったこと、特に08年の4兆元の大型財政刺激策に伴う大型プロジェクトはもっぱら国有企業が受注したことから、国有企業が再び拡大する一方、民間セクターは縮小するという「国進民退」が顕著となっている。こうした中で、温州を中心とする多くの個人・中小企業は、労働力コストの上昇や海外市場での需要減退などに直面し、次第にモノを造るという実業から投機に走るようになった。より本質的には、温州模式は元来中国で改革開放の象徴だったが、いつまで経っても家族経営のままで現代的な経営組織に転化できてこなかったこと(上場企業もなお10戸に留まる旨)が大きい。その意味で、本件は、今後、中国がその「社会主義市場経済」と呼ぶ経済体制の下で、民間セクター、特に中小企業やベンチャー企業をどう育て、それを経済の中でどう位置付けていくのかという根本的な問題を、改めて提起しているように思われる。


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