GDP規模で世界第二位となった中国だが、途上国としての貧困問題が解決されたわけでは決してない。昨年末以降、貧困問題をめぐり、中国内でいくつかの動きが見られている。第一は、国務院弁公室が10年ぶりに「農村貧困削減に関する白皮書」、いわゆる貧困白書を発表したこと、第二に、白書発表後、貧困基準の大幅引き上げが決定されたこと、第三に、貧困対策重点地域の指定に関連し、貧困対策財政支出の問題点を指摘する論調が出始めたことである。


(貧困対策の光と影)
白書によれば、農村貧困人口は2000年の9,422万人(対農村総人口比10.2%)から、2010年末には2,688万人(同2.8%)へと大幅に減少した。貧困救済目的財政支出(中央・地方合計)は、2001年の127.5億元から2010年349.3億元に増加、うち7割程度は、指定貧困救済重点地域に投入された。貧困救済目的も含めた中央の農村支援財政支出全体を見ると、2010年1,618億元、2011年2,000億元以上(うち貧困救済目的は270億元)、2012年も大幅に増やし、特に貧困救済目的予算は前年比20%以上の増加が予定されている(財政部)。

白書を待つまでもなく、中国が貧困削減の面で、国際的に見ても際立った成果を挙げてきたことは疑いない。2011年世界銀行調査レポート「貧困削減:ブラジル、中国、インド比較」でも、1981-2005年、3カ国とも、1日1.25ドル以下で暮らす絶対貧困層の対総人口比率は低下しているが、その程度は、中国84%⇒16%、ブラジル17%⇒8%、インド60%⇒42%と、中国のパフォーマンスが際立っている。絶対貧困人口で見ても、1990年から2005年にかけ、中国では4億75百万人減少している。しかし、多くの課題も残されている。

2012年1月、中国網絡電視台等中国の多くのメディアが、昨年11月に貧困重点地域に指定されることが決まった湖南省新邵県で、「国の貧困重点地域の仲間入りに成功したことを熱烈に歓迎、国家が貧困と闘う主戦場に—新邵共産党委、人民政府宣伝部」と題した写真が微博に掲載されたこと、また貧困重点地域に内定したことが中央より伝達された際、県のウェブサイトには、「大変な吉報(特大喜訊)」と記載されたことを紹介するとともに、ネット上で「貧困重点地域に指定されたことが、どうしてめでたいのか」といった批判の書き込みが多く寄せられていると報道した。同県は、すでに西部大開発の重点地域、砂漠化防止の試行地域等10に及ぶ「帽子」をかぶっており、貧困重点地域に指定されると、毎年さらに5.6億元支給されることになる(1月31日付中国広播網)。こうしたことから、かなりの貧困地域で、すでに経済が良くなっていても、なお貧困地域だと主張して補助金を受け取り(脱貧不脱貧困帽)、それを貧困救済以外に使用して、政治面での業績(政績)としているといった例が跡を絶たない(2011年11月30日付紅網等)。ただし、新邵県は、その後3月19日、国務院弁公室が発表した「国家級貧困県リスト(名単)」には入っていない模様で(3月21日付第一財経日報評論)、本件をめぐって「声高に貧困であることを主張した(高調炫貧)」同県(同評論)の対応が影響した可能性がある。何れにせよ、貧困重点地域に関しては、客観的かつ公正な指定基準とそれに基づく「退出ルール」の明確化が求められる事態になっている(3月23日付光明網等)。

一般的な貧困救済関連支出は、大部分(少なくとも70%以上)が貧困地域のインフラ整備に当てられ、農民に直接行き届く分は少ないので、近年、直接貧困層に現金が支給される(はずである)最低所得保障制度(低保)の所得再配分効果が期待されている。中国の対応は、貧困問題解決のため、成長重視のマクロ的アプローチと、所得再配分効果の高いミクロ的、直接的なアプローチのバランスをどうとるのかという、古くて新しい問題を改めて提起している(2012年1月17日アジアンインサイト「アジアを通して見る経済成長と貧困削減-古くて新しい問題-」)。

さらに中国国内では、貧困関連財政支出のあり方全般に対し、次のような批判もある(3月21日付第一財経日報評論)。
  1. 貧困対策関連の行政経費が過大。公開されている「3公経費」(公用車、公用出張、公費接待)によると、職員一人当たり3公経費は、行政機構の中で、国務院弁公室が最大。
  2. 貧困対策関連予算の配布が、資金の横領を誘発。たとえば2009年雲南省では、出納担当者が、80万人民元の貧困対策予算を横領、宝くじ購入資金に充てたとして、禁固13年の判決。
  3. かなりの貧困対策予算は、実際に貧困層には回らず、地方政府が庁舎建設費用等他の用途に流用(貧困対策予算のおよそ5分の一程度)。


貧困関連財政支出の漏出が大きく、実際の貧困救済に回っていないのは、中央から地方にいたる扶貧弁公室のトップダウン型の行政システムの下で、閉鎖的かつ透明性を欠く形で予算の管理運営が行われていることに原因があるとしている点で、官僚機構への批判にもつながっており、また非政府組織の活用が、予算の効果的配分や汚職の防止に有効であるという意見が出てきていることは注目すべきだろう。


(貧困基準大幅引き上げの意味)
中国では従来から、急速な経済成長に比し、貧困基準の引き上げが追いついていないとの認識から、基準が年々引き上げられてきた。2010-2011年、1,500元、1,800元など複数の引き上げ案が検討された模様であるが、白書の発表後、最終的に大幅引き上げとなる2,300元が採用された。

大幅な引き上げについては、内外で妥当と評価する声が多いが、早急にもっと引き上げるべきとの声もある。最近の名目為替相場(1ドル約6.3元)で見ると、新基準は1日1ドルという国際的に見て古い基準を前提にしているが、多くの国はすでに実態的には2ドル基準であり、その場合、中国の貧困人口は2.35億人になる(中国農業人文発展学院研究者)。貧困基準が低すぎると、貧困人口が少ないことになって、開発援助分野での中国に対する国際的圧力が増すおそれがあるとの指摘もある(2011年11月30日付京華報)。中国ではすでに貧困問題は解決されたのだから、もっと最貧国を援助していくべきだという国際的議論になるおそれがあるという懸念であろう。他方、人民元の名目為替相場はなお過少評価されている可能性があり、基準は見かけほどは低くないかもしれない。2005年購買力平価(PPP)で測ると、新基準は1日1.8ドルに相当し、中所得国の平均的な貧困基準になっているとの推計もある(世界銀行)。何れにせよ、新基準でも貧困人口が7,8千万-1億人程度にまで大きく増加する見込みであり(社会科学院農村発展研究所研究員)、中国にとって、貧困基準の引き上げは、国内的には貧困問題、所得格差問題を政府が重視していることを示す意味がある一方、対外的には、中国がなお多くの貧困人口を抱えた途上国であることを主張できるという2重の意味がある。


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