アジアンインサイト
中国人はなぜ谷村新司に感動したのか

2010年6月14日

  • 大和総研(上海)諮詢有限公司 張 暁光

上海万博の開幕式で歌手の谷村新司氏が日本代表として登場、名曲「昴」を歌い上げて中国人に非常に大きな感動を与えた。開幕式後の1週間、中国の音像店(レコードショップ)では谷村新司のCD売上が急増し、ヒットチャートの上位に浮上する出来事となった。それだけでなく、全国で数百ものファンクラブが結成され、ファンによる「谷村アンコール推進委員会」まで発足したほどだ。極端な例では、「宝くじを買うときは、谷村新司の生年月日の数字で買おう」とネット上で呼びかける者まで出現、ファン達は「万博開幕式のお陰で谷村新司の歌がヒットしたのか、それとも谷村新司のお陰で上海万博開幕式がヒットしたのか」と議論もヒートアップしている。

ところで、筆者は20年前より日本と縁があり、いち早く谷村新司の歌に触れる機会に恵まれた。これまでは1人の中国人として「孤独なるファン」であったが、中国で突然沸き起こった今回の反響・ブームに正直戸惑いの気持ちを隠せずにいる。しかし同時に筆者は、(1)世界各地から万博開幕式に登場した錚々たる著名人の中にあって、なぜこの質素な初老の日本人歌手が中国の市民に計り知れない感動と涙を与えたのか、(2)文化的な世代ギャップの大きい昨今の中国で、老若男女を問わず家族ぐるみでファンになるケースが多いのはなぜか、(3)感動した者の殆どが日本語をさっぱり理解しないはずなのに、なぜかれらは谷村新司の歌に共鳴したのかなどに関して、大きな関心持たずにはいられなかった。このような思いを抱きながら、幾つかネット上のファンクラブサイトにアクセスして、その理由などを探ってみた。

「谷村新司ファンクラブ」の97%は、上海万博開幕式後に立ち上げられたものである。最も人気のある歌は、「昴」、「いい日旅立ち」、「風姿花伝」の3曲で、ファンは2つの年齢層に特に多い。1つは40歳~55歳ぐらいの年代である。彼らの大半は「文革」の暗い時代を経験した所謂「文革世代」に属する。青春時代に中国の改革・開放の時運にめぐり合わせ、それぞれが人生の夢に向かって頑張り続け、現在では中国の政治・経済の中心に立つ人たちでもある。彼らの多くが80年代~90年代に、何らかの機会に谷村新司の曲を香港バージョン、台湾バージョンで聞いたことがあり、それが「青春の思い出」となっている。ただ、オリジナルを聞くのは今回が初めてという者が多い。日本語の歌でありながら、彼らの心によぎったものは青春の回顧、そしてそれ以上に現状に対する様々な思い、感傷であろう。文革による暗い少年時代を経て、青春時代に突然人生の夢の窓が開かれ、躊躇なくひたすら夢に向かって走り続けてきた。それぞれ紆余曲折、波乱万丈の道を辿り、その結果として、昔のような窮屈な生活と決別し、高い生活水準を手に入れることができた。しかし、そうした豊かな生活に比べ、心はどれほど満たされているか、そもそもこれは自分が最初に憧れた人生であろうか、谷村新司の曲を聴いて彼らの胸にはこのような思いが去来したのではないだろうか。

もう一つの年齢層は27歳~39歳の世代である。「一人っ子政策」の時代に生まれ、現在中国で最も多忙を極め、それなりの社会的責任を帯びつつある人々である。彼らは欧米系の文化に浸りきっており、これまで谷村新司の名前も歌も知らなかった。彼らの人生のキャリアは中国の経済発展のリズムとほぼ連動している。親たちからは「1人っ子」としての厚い期待を負わされる一方、数多くの優秀な先輩たちの背中を見ながら、がむしゃらに生き、そして踏ん張っている。しかし、どうも親からの期待と現実、あるいは先輩たちと自分の距離感は日々広がっていくようで、多忙な生活を送りながらも、人生の方向感がつかめないでいる。一息ついて足を止めたくても、市場経済の怒涛に流され、立ち止まることは許されない。そんな彼らの心に、谷村新司の歌は癒しと純真さ、そして勇気を与えてくれたのではないか。

参考までに、ネット上にある特徴的なコメントを紹介すると以下の通りとなる。

「本日、やっと谷村先生の歌を拝聴できた。理由も分からず涙が溢れ、感動した。もし20年前に「昴」を聞く機会があったら、自分の人生はきっと今と異なるものになっていたでしょう」(ネットユーザーA)
「この日本人の先生は本物の音楽を教えてくれた。本物の音楽は心で歌われ、心を響かれるものだ。それに比べ、万博開幕式に出演した中国人のスーパースターたちには、すっかり失望した。自分が感動していない歌で、人に感動を与えられるわけがない。谷村先生アリガトウ」(ネットユーザーB)
「本日、三国志のテーマ曲である「風姿花伝」をもう一度聴きました。涙が止まらなかった。涙が出たのは、われわれが生きている時代が悲しかったからだ。いまやショッピングセンターに行けば、身の回りのもの全てが揃う時代となった。しかし、このような物質偏重の社会に、唯一足りないのは時代史劇である。時代史劇の中に生きた英雄の精神は、もはや中国に必要ないのであろうか」(ネットユーザーC)
「谷村先生の歌を聞き終わった瞬間、日本が好きになりました。かつて両国間に様々なことがあったとしても、この心の感動を抑えることはできない。ありがとう日本!このような立派な芸術家を育ていただいて」(ネットユーザーD)

その思いは千差万別であるとしても、「昴」---この4分23秒の1曲が、多くの中国人に深い感銘を与えたことは間違いない。中国人1人1人それぞれの思いは、今1つ1つの星として夜空いっぱいに(=昴のように)光り輝いている。



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