長期的投資を阻む壁?

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サマリー

標準的な投資理論の教科書の中では、長期的投資(long-term investment)にリスク低減効果はないと記されるのが普通だ。定評の高い『インベストメント』では、「リスク・ポートフォリオへの投資は、長期ではより安全になるということにはならない。逆に、リスク投資の保有期間が長くなればなるほど、リスクは大きくなる」と書いてある(※1)。長期的投資では、リスクの時間分散効果が働くので、投資リスクを低くできるという考え方は、実際の投資に役立つものでは無いという理解が一般的であろう(※2)。筆者もかつて巷間言われているような長期的投資の利点は、理論的にも経験的にもその存在を認めることはできないという趣旨の短い論文を書いたことがある(※3)


しかし、世間的には投資は長期的に行なうべきであり、短期的投資と決別し長期的投資に改めるべきであると信じられている。近年このような主張を度々行っているのが、OECDだ(※4)。OECDは、年金基金・保険・投資信託など機関投資家は、長期的投資家なのであるから、長期的に高いリターンが見込める投資対象に資金を振り向けるべきであるという。そして、長期的投資の対象として、インフラや温暖化対策をあげる。OECDは、『インベストメント』などが批判するリスクの時間分散効果に依拠して長期的投資を勧めているわけではない。債務(年金給付債務や保険給付債務)が長期的なのだから、債務履行を裏付ける資産側も長期的なものにするべきであり、インフラや温暖化対策といった投資機会がフィットすると説く。現状、インフラや温暖化対策に資金を投じる年金基金・保険・投資信託などが極めて少ないのは、機関投資家に課される流動性規制や投資家の知識不足が原因であるから、規制改革や投資家教育、情報提供が必要であるとしている。有利な投資機会がありながらそれへの資金配分が進まないのは、規制や無知のためであるというのは興味深いが、利に敏い機関投資家が投資機会に気づかぬままであるとは信じられない。不適切な投資規制があるならばその除去を求めていくことくらい、機関投資家の影響力を持ってすれば可能であろうし、投資機会に関する情報収集に大きな穴が開いているとも考えにくい。


実際のところ、多くの機関投資家がインフラや温暖化対策を投資対象としてこなかったのは、これらに魅力がないからだろう。これについては、OECDも金融商品としてのインフラや温暖化対策の魅力を引き上げるために、公的負担、つまり税制優遇や自然エネルギーの買取制度、政府保証などによる投資リスクの移転等を検討するべきであると主張する。つまりは、OECDが言うところの長期的投資の具体的商品は、公的負担がない現状のままでは機関投資家が負う債務の支払いを裏付ける資産とはなり難いということなのではないか。


OECD以外にも、機関投資家による長期的投資を阻む要因についての見解が表明されている。DixonとMonkは、長期的投資を行なうべき投資家が短期的な投資期間を設定する原因を情報開示規定に求めている(※5)。これによれば、長期的投資を行なうべきであっても、例えば1年毎や四半期毎の運用成果を開示するとすれば、運用期間もそれに合わさざるを得なくなるという。これを解決するためのアイデアとして、情報開示も長期的な状況を描写するように行なうことがあげられている。運用成果であれば、5年間平均や20年間平均の運用成果の情報開示を行ない単年度の成果は開示しないという方法(シンガポールの政府系ファンドが実際に行なっている(※6))が示唆されている。しかし、開示情報を丹念に調べれば短期的成果も推測可能なので、これは解決策とはならないだろう。例えば初年度から5年度までの平均成果と2年度から6年度までの平均成果を比べ、その他の市場情報を加味すれば、かなり正確な数字をそれぞれの年度について得ることはできるはずであり、結局のところ推測に基づく短期的成果の情報が独り歩きするようになるのではないか。また、開示自体が運用期間を左右するというのも、違和感がある。むしろ開示される情報(短期的運用成果)に連動した報酬体系こそが、運用者の行動に影響を及ぼすように思える。これを解決するには、運用報酬の算定を長期的成果に連動させる仕組みを作ることが必要になるが、そのような仕組みを作ることは可能だろうか。資金運用者の日々の投資行動に影響をおよぼさないようにし、5年後の運用成果を評価するとすれば、日常的な運用の適正性を外部からチェックすることをあきらめるに等しいのではないか。


このように、長期的投資を阻む壁が何であり、それを取り去るための方策が何であるかについては、あまり説得力のないとも思われる様々な見解がある。これらの見解が、長期的投資という機関投資家にとって理想的な投資手法があるのに、それが蔑ろにされているという問題意識から出発しているのは言うまでもない。しかし、冒頭で述べたように、長期的投資なるものには、懐疑的態度で臨むべきである。インフラや温暖化対策は長期的投資対象であるから、これらへ資金を投じるべきという主張はあまり説得力のないものであるようにも思える。


とはいえ、インフラや温暖化対策が投資対象にならないということではない。インフラは多くの場合独占事業であるから、独占の利益が投資価値に反映されるので、投資対象となり得る。また、温暖化対策が補助金や減税といった公的負担で行なわれることは珍しくないのであり、関連する財やサービスを扱う企業の業績が公的負担によって上向くことは充分にあり得ることである。つまりは、長期的投資対象だから選択するべきなのではなく、独占利潤を手にする可能性があるからであり、また公的負担により業績向上を期待できるから投資の対象として検討できるのである。一方、インフラには料金や設備に関する規制の不明確さがリスクになるし、温暖化対策であれば、政策変更リスクも軽視できない。インフラや温暖化対策への需要や規制動向を長期的に見定めて投資判断を下すべきという意味では長期的視点が必要な投資ということになろうが、保有期間を長期にするという意味での長期的投資ではあるまい。


OECDなどは、インフラや温暖化対策に対して民間資金を導入するためもあって長期的投資を言うのかもしれない。各国政府の財政事情が苦しい中で、民間資金の活用を図ろうとする気持ちは分からないでもないが、長期的投資だからという説明は、投資理論を通してみると根拠不十分なものに見えてしまう。インフラや温暖化対策に民間資金を引き入れようとするならば、税制優遇やリスク移転などを公的負担で行ったり、政策変更リスクの縮減を図る仕組みづくりを進めたりすることこそが効果的なのではないか。


(※1)『インベストメント(第8版)上』(ツヴィ・ボディー、アレックス・ケイン、アラン・J・マーカス著、平木多賀人、伊藤彰敏、竹澤直哉、山崎亮、辻本臣哉訳。マグロウヒル・エデュケーション発行、日本経済新聞社発売)207ページ
(※2)長期的投資によってリスクを減じることができるという見解もあるが、アカデミズムの世界ではあまり支持されていないという印象である。
(※3)「投資リスクは時間分散したか?」(『証券アナリストジャーナル』、1997年8月号)
(※4)「OECD project on long-term investment
(※5)「Reconciling Transparency and Long-Term Investing within Sovereign Funds」(Adam D. Dixon and Ashby H.B. Monk)
(※6)「Report on the Management of the Government’s Portfolio for the Year 2010/11」の8ページ以降

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