ESGニュース
企業の政治活動とガバナンスの交錯

2012年2月24日

環境・CSR調査部 鈴木 裕
大統領選挙を控えたアメリカで、企業の政治活動が企業ガバナンスの新たなテーマとして関心を集めている。候補者支援や政策批判などの政治的表現のための資金作りに対する企業からの支出をどのように規律すべきかを巡って、機関投資家なども巻き込んだ議論が広がっている。

2010年のCitizens United対連邦選挙管理局の訴訟(※1)で、アメリカ連邦最高裁判所は法人の政治活動に対する制限は政治的表現の禁止にあたり、憲法修正第一条に反すると判断した。これにより企業による政治活動への支出が増大して、立法や行政が産業界寄りになることが予想され、企業を取り巻く様々なステークホルダーの利益に悪影響が及ぶのではないかとの懸念が生じている。

企業は、選挙権や被選挙権を持たない。しかし、社会に実体的に存在し、納税などを通じて政治動向の影響を強く受けるため、政治的表現の自由を保障する必要がある。従来は、法人が個人とは異なる点を強調し、政治的表現の自由を認めつつも企業の政治献金等に相当の制限を課すことを認めてきたが、Citizens United事件における判断はこのような事態を大きく変えるものとなった。

しかし、企業が営利を追求する法人であることから、その政治活動も営利追求に資するものにすぎず、結果的に個人の生活を脅かすおそれもある。例えば、大気汚染規制が企業の利益を押し下げるのであれば、規制の撤廃や緩和を求める政治活動が企業によって展開されると予想される。このことは、当該企業の事業所や工場の周辺に居住する人々の生活上の利益を害することになりかねない。企業の政治活動は個人の活動に比べると、巨額の資金を動員できるので効果的なキャンペーンを実施できよう。そのようなキャンペーンによって個人の意思決定が影響を受けるとすれば、もはや企業が政治に直接的に参加していることと変わらない。このように企業の政治活動を批判的に見る立場からは、企業の政治的表現を禁止するべきとする主張もある。

これに対して、Citizens United事件の連邦最高裁判例が確認した通りに、法人にも政治活動の自由は認められるのであるから、政治活動への支出を許容しつつ、その影響力をチェックする仕組みづくりを構築するべきとする主張が現在有力に展開されている。この立場からは、企業には政治活動への支出の決定プロセスを明らかにすると共に、内容の詳細な開示が求められる。

Citizens United事件判決後の最初の大規模な選挙となった2010年の米国中間選挙では、企業の政治的支出の透明化を巡る具体的な動きが早くも見られるようになった。カリフォルニア州では公職選挙に合わせて住民投票が実施され、その中に「2006年同州地球温暖化対策法(California Global Warming Solutions Act)」の施行を一時的に中止する法案も含まれていた。同法案への反対派の主張によると、テキサス州の石油会社が賛成派を財政的に支えていたという。同法案は最終的に否決されたが、企業が特定の政策の改廃に強い影響を与えていることが改めて明らかになった象徴的な事例であった。

アメリカでは、金融改革・消費者保護法(ドッド=フランク法)により、コンゴ民主共和国に源泉を有するタンタル、錫(すず)などの紛争鉱物の使用について、上場企業に対し開示義務が課されるようになった(施行時期は未定)。この紛争鉱物開示規則に対しても企業側の反発は根強く、ロビー活動やキャンペーンを中心に政治過程へ影響力を及ぼしている。紛争鉱物開示規則の場合は条文が不明確であり、企業の義務の範囲を明確に確定できないだけでなく、開示コストが過重になるとの声も多い。規則制定に先立ってSECが行った開示コストの予想額は約7,100万ドルであったが(※2)、実際はその100倍以上の負担を企業に強いるとの推計もあり、現時点で90億ドルから160億ドルという推計と、79.3億ドルという推計が公表されている(※3)。この負担を回避し、または軽減させるため、規則の施行延期、段階的施行、少量利用の適用除外(紛争鉱物の含有量が基準以下である場合には開示義務を課さない)など、規則案に関する意見が産業界の団体から相次いで提出されている。これらの団体は、加盟企業からの拠出金で運営されており、企業の政治的な言論の窓口になっている。

こうした企業の政治的表現は、ある株主にとっては望ましく、別の株主には望ましくないものとして評価が分かれる。企業活動の自由を広げることによって、利益が増大することが株主の利益であると考える株主にとっては、企業の政治的表現は、制限するべきものではないだろう。むしろ、政策への影響が無い、または企業の利益に関係が薄い言論のために支出をすることは株主への背信であるとも言える。他方、企業がより積極的に地球温暖化対策や人権保護に取り組むことが企業価値を増大させると確信する株主や、社会への責任を重視する株主にとっては、政治的言論の内容次第では、何らかの制限もあり得べきということになる。

選挙の年を迎えたアメリカにおいて、企業の政治的表現への支出の開示が企業ガバナンスの新たな課題として浮上しているのはこのような文脈の中でのことである。企業の政治的表現への支出に関する制約を劇的に緩和する司法判断により、企業の政治活動は活発化し、金銭的な支出も増大しよう。そこで、企業の実質的所有者である株主にとっては、企業が政治的表現の自由を適切に行使しているかが関心の的になる。企業価値の一部を政治行動に振り向けるのであるから、それが適切な権利行使のための支出かどうかが問われる。

しかし、何をもって適切な権利行使とするかは、株主それぞれの視点によって異なり、それは一人ひとりの株主が判断すべきことだ。とはいえ、判断を下すための材料として政治的表現への支出の詳細を知ることは、視点の違いを超えて必要になる。アメリカ企業の株主総会において、政治的表現への支出の詳細な開示を求める株主提案が近年数多く出されていることは、そのような理由による。企業の政治活動が環境規制等の緩和を求めるロビー活動や大衆向けキャンペーンであることを考慮すると、このような株主提案は、企業による政治的表現の活発化にブレーキをかけることを目指しているものであり、人権や環境に深い関心を示す市民団体が主体となっている場合が多い。しかし、情報の透明性を向上させることは、政治的立場を超えて株主を利するところが大きいだろう。

(※1)個人献金によって運営される非営利企業Citizens Unitedは、2008年の大統領選を前に、候補者のヒラリー・クリントン氏を批判するビデオ映画を作製し、オンデマンドで放映する計画であった。しかし選挙法では、一定期間に企業や組合が候補者の当選や落選を主張するための支出を選挙前一定期間は禁止していた。これに対してCitizens Unitedは、ビデオ映画の放映に関して、この法律を適用ることは憲法に反すると主張した。下級審では合憲との判断であったが、連邦最高裁が判事9名中、5対4で違憲との判断を下した。政治的な言論は、その主体が法人(企業)であろうと個人であろうと制限することは、表現の自由に対する侵害となるということである。
(※2)http://www.sec.gov/rules/proposed/2010/34-63547.pdf
(※3)前者の推計はThe National Association of Manufacturers、後者はTulane Universityによる。

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