事業継続を意識する企業文化の醸成を

RSS
  • 栗田 学
震災に端を発し、インフラ提供事業が機能不全に陥った。
1つは原子力発電所の損壊に伴い、電力の供給がストップした例である。想定を超える津波の襲来は原子力発電所の建屋を破壊し放射能漏れを引き起こした。その後の当事者企業に対する風当たりは一貫して強い。背景には、電力の供給がストップしたことによる国民生活への影響の大きさのほかに、情報伝達、情報開示といった作業が不手際に映ることがあろう。リスクが現実のものとなる前の準備、そして事後の対応の難しさが垣間見える。

もう1つは義援金の大量振り込みに伴う大手銀行のシステムトラブルである。去る5月20日、この件に関しシステム障害特別調査委員会の調査報告書が発表された。報告書から判断すると直接の原因のポイントは2つある。
(1)義援金口座に振込が集中したことにより、夜間バッチが異常終了した
(2)夜間バッチを中断し、別処理に切り替えた結果、終了していない夜間バッチの作業を手作業で実施せざるを得なくなった

(1)について、夜間バッチの異常終了は、本来ならばいくつかに区切って処理すべきところを一度に大量の明細を処理することによって発生した。システムの機能面の問題ということができる。一方、(2)については夜間バッチが午前6時までに終了しない場合、手順書により営業店端末の開局時間を遅らせるか、もしくは夜間バッチを中断して時間通り開局させるかの判断を迫られる。本件では後者が選択された。だが、夜間バッチを終了しなければ為替送信ができないというシステム上の制約があったため、残りの夜間バッチの作業を手作業でも所定の時間内に終了できることが必要になる。だが予想に反して作業は難航した。このシステムトラブルにはシステム機能の問題と人為的な判断ミスとが重なっていた。

両企業とも日本を代表する社会インフラ提供企業であり、危機管理の意識がなかったとは考えられない。むしろ多くの努力があったのではないか。ただ、それは必ずしも事業が正常に続けられることを意味しなかった。浮き彫りになったのは、想定を超える事態に直面した場合はもちろん、想定した事態であってもその場で生じるすべての判断までを想定することは難しく、対応は容易ではないということだ。その場その場で対処が求められる1つ1つが未曾有の事象であり、状況によって判断は変わってこよう。どれだけ細かく状況を想定しても想定しきれるものではない。

この状況の改善策の1つは想定漏れを少なくすることである。想定漏れを少なくするためには、リスクの原因ではなくリスクが現実のものとなった結果の想定から始めることである。震災以来、事業継続計画に注目が集まっているが、地震を念頭に見直す機運がありはしないか。事業リスクを特定する際、リスクの原因(例:地震、疫病の発生など)の洗い出しを始めてしまうと想定外の原因への対応が難しくなる。「通信手段がすべて使えない」「交通機関がすべて使えない」といった、リスクが顕在化した結果から対応策を練るほうが質の高いものになる。

もう1つの改善策は、組織として臨機応変の対応力を養うことである。すなわち、現実性の高いシナリオに沿って訓練を繰り返し実施することである。訓練は年に1~2回の避難訓練、安否確認を行って終了というものに留まっていないか。事業継続に資するには、災害発生から1ヶ月程度までの期間を考え、事業のインフラが機能しなくなった場合の訓練が必要である。

事業継続計画は策定が目的ではなく、事業継続が実現できてこそ意味がある。策定した段階の次に、一人ひとりが事業継続のために何をすべきかを考える企業文化を根付かせる努力が必要である。

参考文献:システム障害特別調査委員会『調査報告書』2011年5月20日

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス