退職給付会計基準公表に透けて見える日本企業の課題

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  • コンサルティング第一部 主任コンサルタント 吉田 信之

IFRS強制適用をめぐる議論が混迷を深めている。2009年6月に企業会計審議会から公表された「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」においては、2012年を目処にIFRSを強制適用するか否か判断することとされ、有価証券報告書においても2010年3月期からIFRSの任意適用が認められるなど、IFRS強制適用に向けた動きは着々と進行しているかに見えた。しかしその後、米国が2011年中に判断するとしていたIFRS強制適用の判断を延期し、日本においても自見前金融担当大臣が2015年3月期の強制適用はないと発言するなど、現時点ではIFRS適用に対する慎重姿勢が一気に強まってきている。


このような状況の中、2012年5月17日、企業会計基準委員会(ASBJ)が退職給付に関する会計基準を公表した。退職給付に関する会計基準の見直しは、現在2つのステップに分けて進められており、今回のステップ1の見直しでは、年金の積立不足(退職給付債務から年金資産を控除した額)を貸借対照表において即時認識することが最大のポイントであるといえる。この点については、基本的な方向性は支持するとした意見が多かった一方で、2つのステップに分けて先行的に基準の見直しを図ることは妥当ではないといった反対意見もみられていた。反対の主な理由としては、現行のIFRSや米国会計基準において導入されている回廊アプローチ(※1)という手法が日本では未だ導入されていないことや、短期間に複数回の基準改正を行うことは企業にとって負担が大きくなる懸念があること等が挙げられる。一定数の反対意見は残るものの、今回ASBJが退職給付会計基準の見直しに踏み切ったのは、少しでも早く財務諸表利用者の理解可能性を高め、透明性の向上による財務報告の改善を図るべきと判断したためと思われる。すなわち、既にグローバルスタンダードであるIFRSや米国会計基準と異なる会計基準を日本企業が使い続けることは、ボーダレス化が進む世界経済において妥当ではない、という政治的な判断がなされたものだと理解している。


今回の退職給付会計基準の見直しは、多額の積立不足を抱える企業にとっては大幅な自己資本比率の低下を招き、年金運用や給付の見直しが必要となってくることが想定される。また、例えば従業員の年齢が高い企業や年金受給者が多い企業においては、割引率が低下し、債務が大きく増加する可能性もある。超円高の長期化、震災と電力不足、高い法人税などいわゆる6重苦を抱える日本企業にとって、更なる難題が1つ付加されたともいえよう。


しかし、少子高齢化や国内経済の縮小化が進む日本において、今後も企業が勝ち残っていくためには、これらの課題に対しいち早く対策を打ち出していかなければならない。こんな時だからこそ、長期的な視野に立ち、50年後、100年後により強い企業となっているために今何をすべきか、というビジョンは明確にしておかなければならない。すなわち、グローバルスタンダードに合わせて自らを変革していくのか、もしくは国内市場の隙間の中に活路を見出していくのか。IFRS強制適用の判断と同じく混迷を深めている場合ではない。

(※1)回廊アプローチ:退職給付債務や年金資産の変動により発生した損益のうち、一定幅を超えた部分のみ費用処理する方法。

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