上場制度の見直しがM&A関連の実務に及ぼすもの

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  • コーポレート・アドバイザリー部 主任コンサルタント 遠藤 昌秀

東京証券取引所(以下、東証)は、コーポレート・ガバナンスに関する上場制度の見直しについての制度要綱案や決算短信における業績予想開示に関する実務上の取扱いを見直すことなどを2011年末より順次、公表している。


前者は、2012年2月28日に制度要綱案の公表後、既にパブリックコメント手続き(※1)を終え、改正規則(※2)の施行が5月10日頃に予定されている。後者は、2011年12月28日に業績予想開示に関する実務上の取扱いの見直し方針(※3)が発表され、間もなく発表のピークを迎える平成24年(2012年)3月期の決算短信の開示から適用されている。


こうした上場制度の見直しなどは、上場企業のコーポレート・ガバナンスやディスクロージャー、IRへの取り組みに直接的な影響を与えることになるが、M&Aに関連する実務においても副次的な影響を少なからず、及ぼしつつある。


まず、コーポレート・ガバナンスに関する上場制度の見直しについては、2011年に相次いで発覚した上場企業の経営者による企業価値の重大な毀損行為がコーポレート・ガバナンスの問題に起因していたことが背景にある。そこで、2009年12月に有価証券上場規程の改正によって導入された独立役員制度において、独立役員等に関する情報開示を拡充(※4)し、独立役員制度の実効性向上などを図ることにした(※5)


こうした動きを先取りする形で、今回の見直しの動きの発端となったM&Aにかかわる価格等を決定するプロセスにおいて、社外役員の果たす役割が高まっており、第三者の算定機関(以下、第三者機関)による算定書が必要とされているようである。これまでも、組織再編行為(※6)では、一定の条件を満たす場合を除き、証券取引所に第三者機関が作成した算定書を提出する義務がある。また、適時開示の要件を満たす子会社の異動や資本・業務提携では、開示資料に原則、取得(譲渡)金額を記載しなければならず、価格決定のプロセスにおいて第三者機関による算定書を必要とされてきたと考えられる(※7)。しかし、適時開示する必要のない子会社の異動や資本提携においても、社外役員がその職責を果たすためには、自社でまとめた資料では不十分と考える場合があり、案件の規模には関係なく、第三者機関の作成した算定書が必要とされる場合が、今後増加すると考えられる。

また、業績予想開示については、東証は、投資家の投資判断に有用な将来予測情報の積極的な開示を引き続き要請するものの、個々の企業の実情に合わせた自由度の高い様式を認め、強制的と理解されてきた「原則と異なる取り扱い」を行う場合の事前相談やその理由を決算短信に記載することを廃止した。


業績予想の開示を行わない上場企業が増加するのではないかという見方もあったが、これを契機に業績予想の開示を取りやめた企業は、本稿執筆時点でほとんど見られなかった。その背景には、例えば、証券会社の多くは既に業績予想を開示していないことが一般的であることや、同業他社の開示方法を先行事例に、通期の業績予想を開示することは困難であるが、代替手段として、翌四半期の業績予想を開示するなど、既に各社の実情に合わせた原則と異なる取り扱いが行われてきた実情がある。これに加えて、投資家が有意としていた業績予想の開示を行わないことによって、企業がディスクロージャー、IRに対する姿勢の後退と受け止められることを懸念したものと推測される。


昨今、M&Aの活用は大企業だけでなく、中堅規模の企業にとって経営戦略における重要な手法と位置付けられている。合併や株式交換など自社の株式を対価としたM&Aを行う場合、合併比率や交換比率などを算出する根拠となる算定方式には、市場株価法、類似会社比較法、DCF法が使われることが多い。市場株価法は一定の算定期間における株価の平均によって算出するものであり、DCF法では将来、予測されるキャッシュフローの総和を現在価値に割り引いて算出するものである。これらの算出プロセスにおいては業績予想の開示が果たす役割は大きい。


今回の見直しにおいて重要なポイントは、企業の業績予想の開示に対するスタンスが堅持されたということよりも、企業がディスクロージャー、IRの観点に留まらず、M&Aを効果的に行うためにも投資家に対してどのような形で業績予想を提供していくのかということを改めて考えるきっかけになったことにある。

(※1)2012年3月29日までパブリックコメント手続きを実施し、4月27日にパブリックコメントの結果を公表済
(※2)有価証券上場規程施行規則
(※3)http://www.tse.or.jp/rules/kessan/gyouseki/index.html
(※4)独立役員に指定されない社外役員(社外取締役、社外監査役)についても同様の対応を実施
(※5)当面は東証に上場する企業のみが対象となる模様
(※6)株式交換、株式移転、合併、会社分割
(※7) 「東京証券取引所 会社情報適時開示ガイドブック2011年6月版」を参照

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