効果的な株主還元とは

コーポレート・ストーリーの必要性

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  • 深澤 寛晴

近年、キャッシュリッチな企業が増えている。2012年度末時点で上場企業(金融除く)の52%で手元資金が有利子負債を上回っている(※1)。事情は企業により様々だろうが、業績回復によりキャッシュフローが改善したものの、先行き不透明な事業環境を考慮すると思い切った設備投資にも踏み切り難く、手元資金が膨らんでいるケースが多いのではないだろうか。懸念されるのは自己資本利益率(ROE)への影響だ。政策保有株式を多く保有する企業或いは海外に多くの子会社をもつ企業ではアベノミクスによる株価上昇と円安を受けて自己資本が増大している(※2)こともあり、ROEが低迷を続けるケースが少なくない。ROE向上の近道は自己資本の圧縮だから、キャッシュリッチな企業に対して豊富な手元資金を配当や自己株式取得により株主に還元するべき、というのが機関投資家の論理だ。実際、機関投資家が書面・面談を通じて企業価値向上の取組みの一環として株主還元を要求するケースも珍しくないようだ。持ち合い解消を受けて機関投資家の重要性が高まっている(※3)こともあり、企業側も真摯な対応が必要と言える。

増配や自己株式取得といった株主還元を実施する企業は少なくないが、株式市場の反応は様々のようだ。より高い効果を得る、すなわち株価上昇につなげていくためにはもう一工夫が必要と言える。理論的に考えてみよう。株式市場は企業を(清算価値ではなく)継続価値で評価するから、一回限りの施策よりも継続的な施策に対して大きく反応するはずだ。株主還元も、継続的な施策の一環として打ち出す方が効果は高いと考えられる。この好例として日本ハムのケースを紹介したい。昨年10月31日、同社は上限1,500万株の自己株式取得を公表した。これは発行済み株式数(自己株式を除く)の7.08%に当る規模だ。翌日、同社の株価は前日比12.5%の上昇率となった。TOPIXが同0.13%だから大幅な上昇と言える。以降も同社の株価は好調に推移し、20営業日後においても上記公表日比22.2%とTOPIXの5.0%を大きく上回っている。同社が高い効果を得るために行った「一工夫」として考えられるのが、「新中期経営計画パートⅣ」だ。同計画は自己株式取得に先立つ5月17日に公表されているが、この中で同社は株主重視の経営と目標ROE 7%を表明し、機動的な自己株式取得を打ち出している。継続的な施策の一環として株主還元(自己株式取得)を位置付けた上で、有言実行したことが株式市場に好感されたと言って良いだろう。

株式市場に対して打ち出す継続的な施策とは、企業価値向上に向けた施策に他ならない。これを市場の視点からストーリー化したものがコーポレート・ストーリーだ。日本ハムの場合には、「新中期経営計画パートⅣ」において成長・効率化戦略といった事業面の戦略と株主還元が一貫したコーポレート・ストーリーとして語られていたことがポイントとなったと考えられる。上述の通り、今後はキャッシュリッチな企業を中心に株主還元を求める声が高まることが想定されるが、十分な効果を得るためには、説得力のあるコーポレート・ストーリーを伴うことが前提条件と言えそうだ。


(※1)6月2日日本経済新聞1面「実質無借金 5割超」より。
(※2)株価上昇は政策保有株式、円安は在外子会社に対する純投資を増大させる。これらはその他包括利益として純利益とは別枠で会計処理され、自己資本を増大させる。リーマン・ショック時とは逆のサイクルが働いていると言える。拙稿「バランスシート劣化懸念の背景には・・・」参照。
(※3)拙稿「ポスト持ち合い時代への対応」参照。

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