労働力人口減少時代に欠かせない「健康戦略」

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  • 佐井 吾光
【税と社会保障の一体改革と企業健保の負担増】
厚生労働省は現役世代の保険料で高齢者医療にかかる支援金をまかなうにあたって、平均給与が高い社員の健康保険負担を増やす方向で検討を進めている。早ければ2013年度にも実施する予定である(※1)。高齢者医療にかかる支援金を含めた社会保障負担増は、企業の「見えないコスト」として日本企業の競争力に少なからぬ影響を及ぼす課題になってきたと思われる。この「見えないコスト」を削減するためには、企業と健康保険組合の連携が不可欠である。

【母体企業と健康保険組合の連関性】
母体企業(=事業主)と健康保険組合との連携は、「健康戦略」さらには疾病予防にとってきわめて重要である。ここでいう「健康戦略」とは、企業の持続的成長を図っていく上で、健康に配慮した経営と定義する。

まず社員(及びその家族)の健康に責任を持つ企業と健康データを豊富に有する健康保険組合の両者が歩調を合わせて、疾病予防へと取り組む姿を想定してみよう。図表1はそのイメージ図である。企業は利益を上げ企業価値を向上させる必要がある。そのためには組織の生産性を向上させたい。それには社員一人ひとりが健康でなくてはいけない。健康であれば医療費も抑制され結果として健保財政の悪化が軽減される。一方、健康保険組合は医療費を抑制し健保財政を改善させる必要がある。そのためには、社員一人ひとりの不健康状態が解消されなければならない。健康な社員が所属している組織は活性化し、結果として企業価値は向上する。以上のように企業から健保、健保から企業のサイクルは連関性を有し、どのステップもおろそかにできない。ただしこのサイクルをうまくまわすには、強力なリーダーシップが必要である。経営トップのリーダーシップにより、上記サイクルを上手にまわしている先行事例として花王の例を挙げる。

図表1 企業と健康保険組合の連関性
出所:大和総研作成

【花王の「健康戦略」】
花王健康保険組合は2007年、「KAO健康2010」の達成と健康づくりの支援ツールとして、健康マイレージを開始し、健康づくりに積極的に取り組んでいる人を支援することを始めた。例えば1日1万歩で10マイルを付与するなど、これまでは、健康を害していた人のためにお金を使っていたが、これからは健康な人にお金を使おうということである。言い換えれば「治療から予防へ」の転換である。2009年、花王は「花王グループ健康白書」を刊行し、健康課題の「見える化」を図った。2010年には「KAO健康2015」を策定し、健康配慮義務の徹底、生活習慣病における重症化や疾病管理、メンタルヘルスに対する本格的リサーチを開始した。

花王の先進的なところは上記の通り各種あるが、とりわけ経営トップからの「花王グループ健康宣言」は際立っている。この健康宣言では、経営トップのメッセージとして、「社員の健康は自分にも家族にも、そして会社にもかけがえの無い財産」と謳っている。経営トップのリーダーシップが会社と健康保険組合の連関性をスムーズなものにしているのだろう。

図表2 花王のもうひとつの健康づくりサイクル
出所:2011シンポジウム 企業価値を高める「健康経営」、花王株式会社人材開発部門ライフキャリアサポートセンター部長兼花王健康保険組合常務理事豊澤敏明氏の講演資料より

健康保険組合が地域保険である国民健康保険組合と違うところは事業主の存在である。最近では、健康保険組合が社員の健康管理と企業の競争力の連関性に気づき、事業主に中長期的な観点から「健康戦略」を提案するというアクションをおこす時代になった。

企業の社会保障負担が増えていく中で、これからの会社経営の「新たな方向性」が見えはじめたのかもしれない。

(※1) 厚生労働省 第49回社会保障審議会医療保険部会資料「高齢者医療制度の見直しについて」(2011年11月24日)

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